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ベイスターズから戦力外通告を受けた私に、梶谷隆幸さんが涙ながらに語ってくれた言葉

文春野球コラム クライマックスシリーズ2022

2022/10/09

 暑すぎた夏が音も立てず終わり、気がつけばすっかり秋の空である。我らがベイスターズはシーズン前半戦の不調を見事克服し、最終的に2位でCS出場を勝ち取った。レギュラーシーズンが終わって、なお輝きを放ち続ける選手がいる一方、ひっそりとその野球人生に幕を下ろす選手もいる。

 戦力外通告、今年もこの季節がやってきてしまった。戦力外を告げられる選手はもちろんのこと、その関係者やファンの方々、さらに言えば戦力外を告げる側も辛い思いをしなければならない。『戦力外通告』とは、そういうイメージが一般的であるが、3年前に戦力外通告を受けた私から見たこのイベントを、ありのままにお話ししたいと思う。

心も体も限界を迎えていた選手にとっては“救いの通告”

 誤解を恐れずに言うならば、この戦力外通告というものがあるからこそ、プロ野球選手は儚く、美しく、そして強くあれるのだと思う。今シーズン、ベイスターズのローテーションを担っているある投手ですら、戦力外通告はいつ来てもおかしくないと意識せざるを得ないと言う。しかし彼は、だからこそ油断せず、常に高みを目指せるとも言う。ある選手は、プロ野球という世界がどれほど華やかで選ばれた世界であったかを、戦力外通告を受けて改めて実感したという。

 私に関していえば、第三者からはっきりと「これ以上の見込みはない」と告げられたことで、ようやく野球から解放され、次のステップに進もうと思えた。自分で選んだ野球という道から解放されるというと多少誤解を生みそうだが、これは私だけの感覚ではなく、数多の元プロ野球選手と共有した感覚なので、そう感じる選手がいるという現実だけでも伝われば幸いである。心も体も限界を迎えていた選手にとっては、ある種の救いの通告なのだ。

 プロ野球選手として1年目のシーズンが終わった私は、戦力外通告を受けた選手を見送る側の選手であった。ついこの前まで一緒に汗を流していた選手が、スーツを着て、晴れやかとも落ち込んでいるとも言えない表情でグランドにやってきては挨拶をして回っている。私はただルーキーという立場のおかげで、戦力外通告を受けずにいたようなものだ。そう自覚せざるを得ないくらいに、不本意なシーズンだった。彼らの姿をみて、明日は我が身だという恐怖、彼らの無念、お手本にしていた先輩からの期待、さまざまな思いを感じずにはいられなかった。ただ私の中のその思いは、翌年もいい形で芽吹くことはなく、今度は戦力外通告を受ける側の人間になっていたのだった。

 シーズンが終わりに近づくにつれて、心のどこかで覚悟はしていた。ただ、まだ何も言われていない。俺はプロ野球選手だ。やれることはやるんだ。そんな思いで毎日を過ごしていた。ファームの最終戦が終わり、私はそこそこ高価な体のケア用品を購入したのだが、その1時間後に「明日はスーツを着て事務所に来てくれるか?」との電話を受けることになる。電話をくれたマネージャーの声は申し訳なさそうで、ああ、来たか、と誰でもわかるようなものだった。翌日、事務所に着くと、私の他にも数名の選手がスーツを着てその場にいた。いざ名前を呼ばれ、事務所に入る。球団代表、マネージャー、職員の方がそこにいた。ただ、球団代表の言葉に私は驚きを隠せなかった。

「来年は契約を結ばないことになりました、本当に申し訳ありません」

 申し訳ありません? それは私が言うべき言葉としか思っていなかった。期待してもらったにも関わらず、何一つ結果を残せなかった私に対して、最後の最後まで最大限に気を遣ってくださったのだ。恨み言の一つでも言われる覚悟で、もしそうでもそれは当たり前で仕方のないことだと思って臨んだ通告の場で、私はまた一つベイスターズという球団の素晴らしさに触れさせてもらった気がする。私は先述の通り、身も心も限界を迎えていたタイプの選手だったので、野球から解放されるという思いが湧いてきたのが正直なところだ。しかしその一方で、野球を通じては果たせなかったが、私を在籍させてよかったと思えるような何者かになって、少しでもベイスターズに報いたいという思いが湧きあがった。私にとって戦力外通告とは、新しいスタートの場所であった。