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東京のファイターズファンが思い出す、19年前の東京ドームラストイヤー

文春野球コラム クライマックスシリーズ2022

2022/10/16

 なんだろう……最近カラダがファイターズ不足に陥っている。

 今「リアルな世界」ではCSファイナルステージでバファローズがホークスを下し、2年連続で日本シリーズに進出した。

 残念ながらその最高の舞台にファイターズはいない。寂しすぎる。

 遠く宮崎の地で開催中のフェニックス・リーグで鈴木健矢、河野竜生、齊藤伸治の3投手で継投ノーノー達成という嬉しいニュースが飛び込んできたけど、やはり何か満ち足りていないのだ。疎外感にも似たこの思い。

 今、大方のファイターズファンは、来週のプロ野球ドラフト会議に、来季の編成に、そしてエスコンフィールドの完成にワクワクすることでしか養分を補給できない状態ではないだろうか。

こんな思いは2006年日本一以来か

 先月末、僕はファイターズの本拠地ラストゲームを観るため、単身札幌ドームへ向かった。どうしてもこの目に焼き付けたかったからだ。

 気温23℃……札幌の街はすっかり秋を迎えていた。

 強い西陽に照らされながらドームへ向かう。

 4両編成の地下鉄東豊線はすし詰め状態だ。ギュウギュウになりながら福住へ向かう電車。こんな思いは2006年日本一以来か。

本拠地最終戦のコレオグラフィー“THANK YOU 2004-2002 GO TO 2023”アタマのTになる筆者 ©三村ロンド

 最終戦セレモニーはビジョンでこれまでの19年間の振り返りから始まり、2004年ホーム開幕戦で始球式をした当時7歳の女の子によるファイナルピッチに思わず感涙。そして最後は……「皆様にご報告があります」とインスタグラムで予告していたBIGBOSSショー。

 場内が暗転し、エリック・クラプトンの「ティアーズ・イン・ヘヴン」が流れる。2006年のSHINJO引退セレモニーでも流れた曲だ。そしてスポットライトを浴びBIGBOSSが姿を現し、マウンドで「BIGBOSSのユニフォームを脱ぎます」と宣言しその場で脱いで静かに立ち去る……2006年のセレモニーのあのシーンをトレースした光景に僕の周りにいたファンは……「えー!」「やめないでー」のもちろん本気では言っていない。にこやかにその顛末を見守っていた。ある程度「お約束の展開」と認識していたのだろう。そして曲が「いとしのレイラ」に切り替わり「SHINJOのユニフォーム」で颯爽と登場した瞬間、ドームは拍手喝采! まるで大衆演劇や、吉本新喜劇を見ているような実にほっこりあたたかくなるエンディングで幕を下ろした。

 え? 試合? まぁ試合自体はアレな感じ(逆転負け)であったので、忘却の彼方へ……強制的に……これで僕の札幌ドームラストイヤーは終了した。

東京ドーム本拠地ラストイヤーの思い出

 19年前、僕の愛するファイターズは札幌ドームへ本拠地移転を決めた。

 ココに1枚の写真がある。

2003年4月28日 日本ハム対ロッテ@東京ドーム 試合直前のベンチから。右下の脚は誰? ©三村ロンド

 2003年。東京ドーム本拠地ラストイヤーの写真。

 僕が当時所持していたガラケーに奇跡的に眠っていたものだ。

 ガラケーなので画素数が低く画像が粗くなっている。

 ラストイヤーは友人の伝で球団スタッフの方と仲良くさせていただき、ファイターズの試合を例年以上に相当数観に行っていた。

 この画像から記憶を辿っていく。

 ビジョンにはこの試合の先発投手、ファイターズは吉崎勝。マリーンズはネイサン・ミンチー。

 2003年4月28日、高橋信二、小笠原道大2発、エンジェル・エチェバリアの4本塁打で大勝した一戦だ。

 そんな試合直前、ファイターズ練習中。僕は一塁側ファイターズベンチに腰を下ろしていた。

 右下にチラッと写り込んでいる縦縞のユニフォームは誰か?

 取材対応していたトレイ・ヒルマン監督だろうか。記者たちを集め談笑していたような記憶がある。

 僕は激しく後悔している。この年の記録はこの1枚しか残されていないのだ。

 ベンチ裏にはちょっとしたカフェテリアがあり、そこに小笠原選手や、金村曉投手の姿が。我が人生で最も選手に接近した瞬間である。

 だが選手たちがすぐ目の前にいたのにサインももらわなかったし、写真も撮らなかった。試合前で集中しているだろうから、一ファンが邪魔しちゃいけない。僕は激しく緊張し、日和ってしまったのだ。

 大好きなファイターズの選手たちを目の前にし、何もできない自分。

 やっと撮れたのがこの1枚というわけだ。思い出は心の中に仕舞っておけばいいと無理矢理言い聞かせていたのか。後から振り返ると実に情けない話である。