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「ファームの人から連絡来ると泣いちゃいます」引退するベイスターズの“むしくん”山下幸輝が愛された理由

文春野球コラム 日本シリーズ2022

2022/10/26

―2023年シーズン 契約選手についてー以下の選手について、2023年シーズンの契約を結ばない旨通知いたしましたので、お知らせいたします。内野手 山下幸輝。

 10月16日、なんとなく開いたTwitterが、私にこの事実を突きつけた。そうか、ようここまで頑張ったな。おつかれさん。むしくん(山下選手の愛称)に元気をもらった人はいっぱいおったよ。俺もその一人や。ありがとう。届くかどうかは別として、私はそんな事を思っていた。普段の彼は、力尽きた時はその時で、笑い飛ばしてください!と平気で言い放ちそうな雰囲気を纏っていた。彼の打席や明るい立ち振る舞いから、そう感じたファンもいるかもしれない。ただそれは、彼がプロとして生き残るために作り上げた『山下幸輝』なのだと、私はよく知っている。実のところ、むしくんとは最近もよく連絡をとっており、色々な話をしている。そしてその中で、私はむしくんの強さを、人間臭さを、改めて思い返すことになった。今回はそんなむしくんのお話をさせていただこうと思う。

「あの絶叫しながら打つ選手は誰」

 2018年、私がルーキーとして臨んだ春の沖縄キャンプのある日のこと。ピッチャーの私は、実戦形式の練習で打者に対して投げていた。私はその時、その打者がむしくんだとは知らずに投げていた。やたらと叫びながら打席をこなす彼に、最初は面食らった。ただ、カウントが進むにつれて、私はキャンプに来て初めて、楽しいという思いを持ってボールを投げられるようになっていた。むしくんの叫び声が、私の兼ねてからの緊張を解きほぐし、闘争心に火をつけたのだ。結果は四球になってしまったが、四球を出してしまったもどかしさよりも、彼に対する興味が抑えられなかった。練習後、チームメイトに「あの絶叫しながら打つ選手は誰」と問いかけたことで、絶叫の彼が山下幸輝だと判明するのだが、あれが彼のスタンダードだと知って、きっと山下君は熱血系の熱い選手なんだな、とそんなふうに思っていた。ただ、そんな彼の意外な一面を知るのは、そう遠くない未来のことであった。

 シーズンが始まり1ヶ月程が経ったある試合のこと、私は思うような投球ができず、打ち込まれてしまった。情けない話だが、悔しくてこっそり泣いて、バレないように何食わぬ顔でその日を終わらせたつもりだったのだが、宿舎に帰るとむしくんからLINEが届いていた。

『こんなんで落ち込んでたらだめっすよ!落ち込むなんて寺田さんらしくないっすよ!落ち込むのは一軍に行ってからにしましょ!!』

『こんなときこそ籠らずに、外に出てみましょ!籠っちゃいがちですが、、笑』

『次は元気に会いましょうね!』

 情けない、歳下の子にここまで気を遣わせてしまうなんて。そんな気持ちでまた落ち込みそうになったが、それよりも私は彼の優しさに心が洗われていた。上辺だけではない、まるで本当に私の立場に立っているかのように思いやるその言葉達に、私はまた元気をもらっていた。後々聞くと、むしくんも同じような経験が何度もあり、その度に色々思うことがあったのだそうだ。いつも元気で、ムードメーカーで、一見無敵のようなむしくんが、生まれつきではない強さを、優しさを持っている。きっかけはさておき、私はむしくんの新しい一面を覗くことができたのだ。

 そしてそのむしくんの暖かさは、私が隠れて泣いていようがなかろうが、どこかの機会で絶対に知ることになっていたのだろうと感じる。その理由は、同年5月31日にはっきりとわかるのである。