「あっ、あいつなんじゃないかって」
それは、誰かわからない生徒がいる。
――遭難したようなボロボロの服装で。
「すぐに夏期合宿を思い出しました。あのときいなくなったのは、こいつだって」
直感だった。
「そのとき、ちょっと気になって調べて計算してみたんですが、あの合宿場から、もし徒歩でこの教室に帰ってくるなら今くらい時間がかかったんじゃないかって。いや、そんな顔をしないでください」
残された『誰か』が歩いて教室に帰ってきたというのだ。3か月以上かけて。
「おかしな仮定の話で申し訳ないですが、そのときはそう思いました」
夏前と同じ、Sさんに認識できない生徒が復活した。
しかも、生徒たちの間で噂にもなって。
そして、受験が終わった頃のことだ。
「親御さんから、合格通知のコピーが届くんです。直接、お礼を言いにくる方も少なくありません。学校の先生にお礼いえばいいのに」
Sさんには、講師時代に良い思い出はなさそうだ。
「で、一通の合格通知が問題になりました」
封筒に届け先は書いてあるが、差出人の名前がない。
誰だろうと開けてみると、合格通知が入っている。が、無記名だ。
「合格通知は、御三家ではないものの、超有名校のものでした」
少し考えて、『あっ』と思った。
「あいつなんじゃないかって」
あの認識できない生徒も受験していた。方法はわからないが、試験を受けたのではないかと思った。
「ちょっと寂しくなるな、と思いましたよ。一応、自分の生徒ですから。あと、単純に嬉しかったですね。合格してくれて」
「結局、上司のいじめに耐え切れず、そのあと卒業シーズンのときに、講師は辞めてしまいました。今でも、恨んじゃいますが、生徒たちに罪はありませんから、その辺は良い思い出として受け止めてます」
お礼をいって、それじゃあ、と喫茶店を出ようと席を立ったときだった。
「あ、そうそう。その超有名校。その年の一学期から、あるクラスで誰かわからないけど、ボロボロの服をきた生徒がいるって噂になったようなんです。あいつ、あのあとは合格した高校に無事、通っていたみたいですよ」
と嬉しそうな笑顔でSさんが話してくれた。
Sさんは、現在、参考書を出版する会社に勤めているのだそうだ。