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「あのときいなくなったのは、コイツだ」いつも教室にいるボロボロの服装の生徒…塾講師が気づいた“ゾッとする事実”とは

『異職怪談~特殊職業人が遭遇した26の怪異~』より#2

note

「明確に認識できない生徒がひとり、いる」

「もう、よくわかりませんでした。意識ではフルメンバーいるって思っているんですが、どこか変で、ひとりどうしてもしっかり認識できない生徒が存在しているんです。あぁ、月謝の足りない分は、僕のポケットマネーで補完しました。足りないなんて報告しようものなら、上司から何をされるかわかったものじゃありませんから」

 とにかく、

『明確に認識できない生徒がひとり、いる』

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 ということだけは、この頃のSさんに深く刻まれていた。

 そんなある日のこと。

「夏期合宿がありました。山奥に6泊7日こもって、勉強だけの合宿をするんです。林間学校や修学旅行のような遊びの要素はまったくありません。ただただ、勉強です。あぁ、そんな厭そうな顔しないでくださいよ」

 すみません、と一言いって続きを促した。

「で、その最終日でした」

 ある生徒がいない、と騒ぎになった。

 帰る際の点呼で発覚したというのだ。

 山の中とは言ったが、その実、森の中の施設を借りているだけだ。

 遭難のしようがなければ、崖の上から滑落するはずもない。

 だが、深い森である。

 怪我して動けなくなっている、ということくらいは可能性としてある。

 当然、講師たちによる捜索が始まった。

「警察に通報するにはまだ早い」

 問題になることを恐れた責任者が、まずは講師たちだけでの捜索を指示した。

「捜索っていっても素人のすることですから、森の中を歩きながら、大声で名前を呼ぶくらいしかできないんですが……」

 じゃあ捜索開始、という段で、問題が起きた。

『いなくなったのは誰なのか?』

 A君? いや、B君。違う違う、Cさんだ。え? D君って聞いたけど?

 くちぐちに情報を確かめ合う講師たちだったが、誰ひとりとして、いなくなった生徒が誰かわかっていなかった。

「当然、もう一度ちゃんと点呼確認を取れと指示されるわけです。そうすると、全員いるんですよ。『あれ?』っていっている先生をつかまえて聞いてみると、名簿で名前を呼んだときは、全員から返事があったそうですが、自分で数えてみるとひとり足りなかったそうです。あのときの僕の教室みたいだと思いましたよ」

 いなくなった者はいなかった、という結論がその場で出て、全員家路についていった。

「結局、夏季合宿は成功した、ということだけが上司に報告されました」

 夏が過ぎて、そろそろ冬が始まろうという頃。

 受験シーズンに突入したSさんの教室では、毎晩、濃密な授業が行われていた。

「そのあたりで、あの『認識できないひとり』の噂が、生徒たちの間で囁かれていることがわかったんです。あ、ここ、メモっといた方がいいですよ」