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2007年の『4番工藤』に思いを馳せて…“消化試合”をどう楽しむか

文春野球コラム ペナントレース2022

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プロの看板を掲げた以上、堂々としていなきゃいけないんだ

(ライターの交代をお知らせします。ビーバー池田に代わってえのきどいちろう)

 なるほど札幌市の古書店ビーバーブックス店主、ビーバー池田さんは「消化試合で急に登板を打診される若手投手の気分」を体験したのか。面白いなぁ。「ベテランをスタメンで出して、思い出作りを」するのかもしれないよ。秋のプロ野球には本当にそんなシーンがあるんだ。来年もフツーにやるつもりで2軍戦に出場したら、途中交代のときみんなから拍手で迎えられて、「おつかれしたっ」「おつかれしたっ」って言われ、あれ?ってなるケース。プロ野球選手って「力が落ちて、そろそろ自分も潮時かなぁって思ってたところに、ちょうど新鋭の選手が出てくる」みたいな世代交代ってほぼないと言っていいからさ。ほぼすべてのベテランは「まだまだオレはやれる」って思いながら、上の意向で出番を削られていく。

 僕は残酷なことだと思うんだよ。ファンが「感動をありがとう」「夢をありがとう」「フォーエバー」みたいなバナーを出して、引退する選手を送り出すじゃん。あれはファンは本当のまごころなんだよね。その選手が好きで好きで、ユニフォームを脱ぐなんて信じられなくて、泣きそうになりながらバナーを手作りしている。だけど、本人は納得しているかっていうとビミョーだと思う。何かはっきりした故障があれば納得しやすいんだけど、そうでなければ「言われたから辞めます」だよね。あの、ほら『プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達』みたいな番組見ると、みんな戦力外になっても「プロ野球選手」でしょ。意識の上で。「プロ野球選手」じゃない自分を受け入れていない。「まだまだオレはやれる」なんだよね。そういう自負を持った者どうしが、投げて打って、勝負してる世界だ。「オレはもうダメだ」なんて思えない。思った瞬間に全部が崩れ去るからさ。

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 消化試合でビバ池ちゃんが例に出した「4番工藤」は、正確には優勝決まってビールかけして、みんな二日酔いでヘロヘロになって出てきた試合だったんじゃないか。あれは来季に向けてのチャレンジというより、「優勝翌日、しっかりしてる人」を出した感じかなぁと思う。「しっかりしてる人」で打線を組んだ。工藤隆人がいちばんしっかりしてたのかどうかは知らないけど、4番だったよね。で、「4番工藤」は確かに今季のビッグボス采配、オープン戦の「4番五十幡」や公式戦の「4番上川畑」を連想させる。五十幡亮汰も上川畑大悟も常識的には4番タイプの「帰すバッター」じゃなく、出塁して「帰ってくる選手」だ。優勝セレモニー明けじゃないから「しっかりしてる人」の必要もないしね。

 ところでビバ池ちゃん、覚えてる? 札幌ドーム最終戦の後、23時40分過ぎにやっと地下鉄東豊線に乗って、豊水すすきの下車で、打ち上げの店を探したでしょ。あの夜は文春ファイターズのメンバーが勢ぞろいだった。青空百景さんは電車の時間があるから帰ったけど、僕でしょ、池ちゃんでしょ、放送作家の近澤浩和さん、ナレーターの三村ロンドさんが一緒だった。ていうか飲み会に来れなかったけど、試合前に斉藤こずゑさんも顔合わせしてたんだよ。こずねぇも最終戦はスタジオを出て、札幌ドームに来てたから。

 あの夜、「北海海鮮・寿司酒場 魚しょう」南3条店って夜中までやってる居酒屋見つけて、みんなで遅くまで話した。僕は三村ロンドさんに「ナレーターってどうやって仕事の引き出し作るの?」って聞いたよね。学校みたいなところがあるのか徒弟制みたいに先輩にくっついて教えてもらうのか、最初の最初はどうなんだろうって思ったんだ。

 そうしたらロンドさんは事務所に入って「どんな現場でどんな失敗やらかしても、下手でも堂々としてろ、帰りのエレベーターに入ってドアが閉まるまでは平気な顔してろ」って教えられたって言ってた。あとは先輩の仕事を見て盗むだけだったって。あれさ、わかるんだよ。ライターもそうだから。特に駆け出しの頃なんてやったことない仕事ばっかりなんだ。「〇〇取材は経験ある?」って編集者に聞かれて、あるわけないじゃん駆け出しなんだから。で、「ありません……」って尻込みしてたら永久に経験なしなんだよ。「経験あります」だと嘘だから「大丈夫です。やれます」だよ。どんなことでもやりに行く。やったら下手くそだよ、初めてだもん。でも、堂々としている。

 堂々としているのはね、後にNHKの若者番組で1年司会をやったり、ラジオのパーソナリティやったりしたとき、本当に大事だなと思った。そりゃビビるんだよ、番組の顔だもん。打ち上げのときなんか20代でもいちばん上座に座らせられる。ホントは下座の末席がいいんだよ、そういう年恰好だから。だけどね、そこで堂々と上座で振舞わなかったらみんな困るんだ。その役だからね。ビビってる人と仕事したらみんな不安になるじゃない。経験なくても下手でも堂々。足りないものは後からでも特訓で補う。僕なんかその繰り返しだよ。で、ロンドさんもそうだって言った。

 僕は「じゃ、4番ね」と言われた上川畑は「僕にはそんな芸の幅はありません」って一瞬思ったかもしれないと思う。だけど、プロの看板を掲げた以上、堂々としていなきゃいけないんだ。で、当たり前って顔をしながらやるんだよ。帰りのエレベーターのドアが閉まったら「あせった~」ってなったかもしれないけど、それは外には出さない。

 あとね「じゃ、今日スタメンでセンター守って」と言われた中島卓也。僕は案外、嬉しかったんじゃないかって気もしてる。ワカゾーの頃みたいにビビりながら「大丈夫、やれます」って取り組むんだよね。平気な顔して、このシチュエーションだったら「1点は仕方ないから、強くセカンド送球して1塁走者を進めない」なんて外野手の頭で野球を考える。そういうのがまだ自分にあるって悪くないと思うんだ。

 ところで今年のパはソフトバンクかオリックスか、143試合目の最終戦で優勝が決まるって、空前の「消化試合のないシーズン」だよ。何でまた「消化試合」をテーマに持ってくるかなぁ。ま、ファイターズは早々と最下位が決まって「消化試合」だからなぁ。うちも「10.2」決戦で魂をたぎらせたかったよ。といっても10.2はウキウキでベルーナドーム行くんだけどね。

附記 この原稿を書き上げて、ウキウキで10.2ベルーナドームのシーズン最終戦に行ってきました。勝って終われた。ジェームス野村のタイムリーで逆転。頑張って戦列復帰した甲斐がありましたね。そして、同時並行して行われたオリックスバファローズの奇跡の逆転優勝劇! すごかったなぁ。プロ野球はドラマがありますね。オリックスファンの皆さんおめでとうございます!!(えのきど)

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