2020年、「ビッグコミックスペリオール」(小学館)誌の主催する第5回ヤングスペリオール新人賞を受賞した短編『山で暮らす男』。作者のハン角斉(はん かくさい)は、なんと64歳(当時)! 突如として姿をあらわした高齢の新人作家が、独自の世界観と作風を展開し、業界は騒然となった。
「“ものづくりの原点”を見せつけられた」と称賛される67歳
『67歳の新人 ハン角斉短編集』(小学館)は、 “驚異の新人”ハン角斉にとって初の単行本。これまで「ビッグコミックスペリオール」で発表してきた読切5編と、描き下ろし短編をくわえた合計6本の短編を収録している。刊行に寄せて、同誌で『トリリオンゲーム』を連載中(原作/稲垣理一郎)の劇画界のレジェンド・池上遼一からは「不条理文学を彷彿とさせる。異才だ!」と激賞のコメントも届いている。
「とにかく独特な絵柄ですから、編集部内でも賛否両論でした。しかし、漫画を描く初期衝動に満ちあふれていて、とてもフレッシュな印象を受けました。効率化重視でデジタル化が進む現代にあって、ハン先生の原稿は完全アナログ。スマホはおろか、パソコンもFAXもなく、連絡手段は固定電話だけ。
時代と逆行するような、アナログで丹念に描き込まれた絵からは、手仕事の美しさや執念が感じられ、迫力があります。気の遠くなるような長い時間をかけて精魂込めて作った物は、センスとか技術とかを超えて、人の胸を打つんですよね。“ものづくりの原点”を見せつけられた思いがしました」(担当編集者)
独特の世界観を持つ“ハン角斉ワールド”へ
最初に小学館新人コミック大賞に投稿された作品『眠りに就く時…』では、うねるような森の木々やベタを使っていない星空の作画から、執念や迫力が感じられるだろう。同賞の審査員を務めた業田良家(『自虐の詩』『機械仕掛けの愛』など)は、「切なくて涙が出るような絵」と評したという。
しかし、64歳という年齢は、“新人賞”を授賞するのに障壁とならなかったのだろうか。
「漫画は大衆娯楽ですから、一般的には、流行の絵柄や今の価値観が重要視されます。ハン先生の作風は、決して時流に沿っているとは言えませんが、独特の世界観が形成されています。世の中には思いどおりにならないことや不条理なことがたくさんあるけれど、それに対して飄々と向き合っていく感じがあります。声高に戦うのではなく、しょうがないよね、と。そういったところは、年齢を重ね、世の中の酸いも甘いもかみ分けた人生のベテランならでは、ですよね。そこが、むしろ新鮮に感じるのではないしょうか。お年を召したことが、作家としてプラスに働いていると考えています」(同上)
『山で暮らす男』や『眠りに就く時…』からは、この作者の飄々とした作風が感じられるだろう。結論を押しつけず、独特な余韻が残る。その滋味深さやペーソスは、次第に癖になる。
「ストーリーのオチ自体は予想できた方もいるかもしれませんが、世界観に引き込まれて、最後まで読まされてしまいます。リーダビリティが高いんですよね。私自身もすっかりファンになりました。日常のリアリズムとは異なる、“ハン角斉ワールド”に身を浸してはいかがでしょうか」(同上)