ロシアも例外ではなく、せいぜいチェチェンという限られた地域で戦闘が起こった際に即応できる程度の陸上兵力しか臨戦態勢にはおいていない。また、戦況がはかばかしくないことが明らかになると、貧しい階層に報奨金でインセンティブを与える募兵にも限りがあります。だからこそ、予想に反して戦闘が大きくなった今、一般社会に幅広く存在する予備役にも召集をかけざるをえなくなったのだろうと思います。
軍をスリム化していた矢先の長期戦
刑務所で募兵し、犯罪者を兵士にしているという情報もありますが、軽犯罪者を軍務につかせることで減刑するというのは、昔から行われていた手法です。イギリス海軍は強制徴発で有名で、マンパワーが足りなくなると酒場で飲んだくれを攫って船に乗せる、なんて今では考えられないようなことも19世紀までやっていました。軍の待遇は劣悪で脱走は日常。昔から、各国の軍は力ずくで徴発した能力とやる気の低い兵士をいかに訓練し戦わせるかということに四苦八苦してきたわけです。
だから、第二次世界大戦後しばらくして大規模な戦争が起こる蓋然性が低くなると、各国で徴兵制度を形骸化させたり、あるいは廃止する流れが起きます。徴兵に頼らない軍というのはある意味で理想的と考えられた。徴兵が必要なのは「兵力規模」が必要だから。そこまでの規模が必要ないのならば、むしろ鍛え抜かれたエリート部隊だけでいいという発想です。
そもそも、マスケット銃を持って戦う大量の歩兵が中心だった時代とは違って、現代の戦争では急ごしらえの兵士は前線で役に立ちません。情報通信技術や軍事技術が発展した現代において、指揮系統に従い最新の兵器を使いこなすには、日ごろからしっかり訓練を受け、練度を高めておく必要がありますから。予備役とて例外ではありません。動員すれば国内の戦争反対運動の機運も高まるでしょうし、プーチン大統領が徴兵者を前線に送り込みたくないと考えるのは当然です。しかし、背に腹は代えられないということでしょう。
さまざまな懸念があっても動員に踏み切った理由は、プーチンが軍の要請に従ったということだと思います。軍は、自分たちの同輩や部下を多数犠牲にしながら戦争を続けているのですから、プレッシャーをかけているはずです。ロシアはここ十数年の間、軍改革に手を付けてきましたし、軍のプロフェッショナル化に力を入れてきましたが、依然として徴兵と予備役に依存する体質は変わっていない。また、そもそも彼らが目指してきたスリム化の方向性ではこの規模の戦争を長期間戦えない。それがまざまざと分かったのが今回の戦争です。