昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載THIS WEEK

《現役引退へ》中村俊輔に横浜マリノスとの別れを決意させた“もう1人の天才レフティー”

 元サッカー日本代表の10番で、現在横浜FCでプレーする中村俊輔が今季限りで現役を引退することを発表した。プロ生活は26年に及び、横浜・F・マリノスやスコットランドのセルティックをはじめ、国内外6チームを渡り歩いた。

 海外メディアからも度々称賛されたフリーキックを武器に、国内外で第一線を走り続けた中村。その長いキャリアの中でも、2017年のジュビロ磐田電撃移籍は多くのファンに驚きをもって伝えられた。あの「日本サッカー界を揺るがす」移籍はなぜ実現したのか?「週刊文春」の記事を再公開する(初出:週刊文春 2017年1月26日号・肩書き年齢などは掲載当時のまま)。

◆◆◆

 レジェンドはレジェンドを知る――。

「名波(浩・ジュビロ磐田監督)さんが『門を開けて待っている』ということで、挑戦してみようかなと思って決断しました」

 1月13日、ジュビロ磐田の新体制発表の記者会見で、新加入の中村俊輔(38)は、そう語った。横浜F・マリノスの顔であり続けた中村の「日本サッカー界を揺るがす」(名波氏)電撃移籍はなぜ実現したのか。

「背景に前所属のF・マリノスの“御家事情”があります」と解説するのはスポーツライターの二宮寿朗氏。

 マリノスの親会社は日産自動車だが、昨今、提携関係にある英国のシティ・フットボール・グループ(CFG)が現場を取り仕切るようになっていたという。

「しかしCFGが連れてきたモンバエルツ監督は選手との意思疎通が十分とは言えず、昨季成績は09年以来となる2ケタの年間10位。今季、フロントは急進的に若返りを図ろうとし、ベテランの主力選手を放出しました。中村もピッチ外で深い悩みを抱えていました」(同前)

 そこにオファーを出したのがジュビロだった。