「昨今、人々のブランドに関する価値観は変わりつつある。特に若い女性たちは『商品が良いだけでなく、精神的なサポートの役割を果たしてくれること』をブランドに期待している。コロナで一段と高いレベルでブランドのあり方を問われるようになった」
元常務は、P&G時代にも吉野家時代にもマーケターとして大きな成果を残してきたという。有能な人だったからこそ、ビジネスイベントなどでの登壇の機会も多かった。不思議なのは、なぜ時代の空気、消費者の変化に敏感であるはずのマーケターが、さらには以前勤めていた企業ではここまで消費者の変化を感じ取っているのに、彼にはそれが浸透していなかったのかということだ。
2021年の「森発言」で変わった企業や経営者
森発言で社会が変わったと感じたのは、若い女性たちが声を上げ、抗議のうねりを作ったことだが、もう一つは五輪スポンサー企業を中心に企業や経営者らが直ちに森氏の発言を容認できないという声明を出したことだった。
特にトヨタ自動車の豊田章男社長がいち早く、「私たちトヨタが大切にしてきた価値観とは異なっており、誠に遺憾だ」とするコメントを発表したことは、その後の流れを決定づけた。
日本企業は欧米企業に比べ、人権問題やジェンダーの問題への「感度」が鈍く、様々な人権侵害が起きた時の対応の遅れが非難されることも少なくなかった。
例えばアメリカでBlack Lives Matter運動が起きた際、欧米企業では直ちに多くの企業がサイトや広告を真っ黒にして運動への支持を明確に表明しただけでなく、寄付も申し出た。それでも社会からは「メッセージやお金だけで行動が伴っていない」と非難され、採用や登用・育成における黒人への機会提供の見直しも迫られ、グーグルはリーダー層におけるマイノリティの割合を30%にすると発表した。
グローバル企業を標榜している割に、人権感覚はグローバル基準ではないという日本企業の姿勢は、中国のウイグル問題でも、ウクライナ・ロシア戦争において当初のロシアとの距離でも批判に晒されてきた。ビジネス、市場を重視する余りに、人権という観点からの行動が遅れてしまうのだ。
今企業活動においてはSDGsやESGの観点が重要視されるようになり、欧米企業では「ビジネスと人権」という観点からビジネスを真剣に見直している。ジェンダー差別はまさに足元の人権侵害なのだ。
吉野家から私たちが学べること
企業の成長のためにダイバーシティを推進するという時代からもう一歩踏み込まなければならない時代になっているにもかかわらず、日本企業の中にはSDGsバッジをつけていても、社内の女性たちが置かれた状況には鈍感で、SDGsとジェンダー平等が結びついていない人も少なくない。
今回の吉野家元常務発言には、日本企業が抱える問題の根深さと同時に、経営陣の一員の発言であったこともより深刻さを物語ることになった。顧客に対して、社会に対して、さらに従業員に対して、その企業がどう「誠実に」向き合っているのか。社会はより厳しい目で見るようになってきていることを、私たちはこの一件から学ぶべきだと思う。
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