「手術前は水泳をするなど元気だったのに……。執刀医は亡くなった直後、私たちに『心停止時間が長くなったのは予期しなかったこと』と話していました。大学病院の遺体解剖でも『手術に関連した心筋梗塞』と診断された。そうだとすると、医療事故ではないのか。そう疑って調査を求めたのですが、病院側は『手術は適切だった』と一顧だにしませんでした」(同前)
調査は「必要はない」、映像も「今回は無いです」
2014年の法改正(2015年に施行)で、医療事故が疑われる事案が発生した場合、病院側が日本医療安全調査機構に報告し、調査を行うことが義務付けられている。以降も、Aさんらは調査を求め続けたが、病院側は「その必要はない」の一点張りだった。
手術中のビデオに関しても提供するよう求めたものの、執刀医らは「ビデオは自動的に撮られていますが、3カ月で上書きされますので今回は無いです」とし、死亡の原因についても「過失ではない」旨を主張し続けてきた。
状況が変わったのは、今年4月15日。病院側が「教育目的で術中のビデオが保存されていた」と明かし、6月22日に「ビデオを提供します」と連絡を入れたのだ。
Aさんは、ビデオの検証を複数の心臓外科医に依頼。その一人が、日本心臓血管外科学会名誉会長の髙本眞一東大名誉教授だ。
髙本氏が証言する。
「患者さんのご遺族に医療事故調査に詳しい人がいたことから、私に相談があり、カルテや手術の模様を録画したビデオなど関連資料を詳しく検証しました」
果たして、そこには何が記録されていたのか。
削除されたはずの映像に残されていた“医療ミスの可能性”
そもそもMICSでは人工心肺を使う間、停止した心臓を保護するためにチューブから心筋保護液を患者に投与することになるが、
「その際、執刀医は必ず大動脈根部とチューブから空気を抜いた上で、右冠動脈に正しく心筋保護液を注入しなくてはなりません。執刀医が確実に行わねばならない手技です」(同前)
ところが、長谷川氏も確認したそのビデオには、チューブ内に空気が満たされた状態で少なくとも2度、心筋保護液が投与されたと見られる場面が記録されていた。結果、大量の空気が冠動脈内に送られた可能性が極めて高い。