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「東京オリンピックへの強い憤りが…」トマト農家でもある兼業映画監督が“自主制作だからできた”リアルな表現

「東京オリンピックへの強い憤りが…」トマト農家でもある兼業映画監督が“自主制作だからできた”リアルな表現

『やまぶき』山﨑樹一郎監督インタビュー

2022/10/28
note

――チャンスの性格や経歴も、カンさん本人からインスピレーションを受けた部分が多いのでしょうか?

山﨑 経歴などはすべてフィクションです。ただ、カンさんに「こういう人って本当に存在するかな?」とその都度確認しながら作っていったキャラクターではあります。真庭って山のなかの田舎町で、外国人はほとんどいない過疎地なんですが、実際にカンさんのように韓国からふらっとやってきて住み着いた人がいるわけで、それは物語を作るうえで大きな要素となりました。

――カンさんに演じてもらおう、というのはすぐに決まったんですか?

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山﨑 チャンスは、父親の借金のために夢をあきらめて日本で必死に働いてきたのに、ある事故からその仕事さえ失ってしまう、いわゆる可哀想な人ですよね。最初はオーディションもしたんですが、こういう人を日本人が演じたら本当に救いのない話になりそうな気がしてきた。カンさんが演じたら、そういうネガティブさとは違うものが現れるのではと思い、出演をお願いしました。実際、チャンスが陥る状況には何の救いもないんだけど、どこかに滑稽さや希望が感じられるようになったのは、カンさんだからこそだと思います。

 

東京でオリンピックをやるために人や物に自由意思ではない移動を無理やりさせている

――チャンスが働く採石場では、ベトナムから来た労働者たちも一緒に働いていますね。他所から真庭にやってきた人々が多く登場するのは、どういう理由からでしょうか?

山﨑 人や物の移動について描きたかったんです。移動という行為は本来自由意思で行われるべきですが、現代では、出稼ぎ労働者のように経済の原理によって移動せざるを得ない状況が起きていますよね。たとえば冒頭の採石場で働くベトナム人労働者たちにとっては、お金を稼ぐために家族と離れてここに来ざるを得なかったわけです。一方で山吹の母親(桜まゆみ)は戦場記者として、いわば自由意思によって戦地へ行き亡くなった人。そういう、自由意思による移動と経済原理による移動の区別をきちんと描きたかった。

 

 それと僕には東京オリンピック2020への強い憤りがありました。オリンピック開催のために国立競技場の建設やインフラの整備が必要とされ、その材料として地方の山が削られ砂利が東京に運ばれる。労働者についても同じです。つまり東京でオリンピックをやるために人や物に自由意思ではない移動を無理やりさせているわけで、その怒りがまず着想としてありました。

 この映画のなかで、人間のちょっとした欲によって石が山の上から転がって思いもよらぬ災害を引き起こしますが、人や物が移動する際には、たいてい思わぬ物語が発生するもの。その象徴として、外国人労働者や採石場を登場させたのだと思います。