「家族、喪失、記憶がこの映画の主題です。私たちは、たとえ家族と一緒でも孤独や孤立を感じることがありますよね。本作の主人公もまさにそう。家族の絆の“つなぎ直し”を描きたいと思いました」

『アフター・ヤン』の監督・脚本を手がけたコゴナダさん。韓国系アメリカ人で、前作の長編デビュー作『コロンバス』では小津安二郎監督にオマージュを捧げ、高く評価された。自身の名も、小津映画に欠かせなかった脚本家の野田高梧(こうご)にちなんでいるという。

 2作目の長編となる本作の舞台は、今から数十年先の未来。ヤンとは、〈テクノ・サピエンス〉と呼ばれ、見た目も人間そっくりなAIロボットの名前。彼は、小さな茶葉の販売店を営む主人公のジェイクとその妻、そして夫婦の養女であるミカと、本物の家族のように暮らしていた。

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 ところが、ある日、ヤンは突然故障し、動かなくなってしまう。なんとか修理をしようと奔走するうち、ジェイクは、ヤンに内蔵されていた、1日数秒間の動画を撮影・記録する機能〈メモリバンク〉の存在を知る。そこには意外な映像が残されていた――。

「人生を意義深くするものは何か? この問いについて、ヤンの記憶(メモリ)を通して深く掘り下げてみたいと思ったんです」

コゴナダ監督

 SF作品だが、一見、全くそれらしくない。ジェイクたちの住まいは緑で溢れ、家具や服装には、どこか懐かしい雰囲気すら漂う。

「映画で未来の世界を描くとき、多くはディストピア的で、冷たい人工物やガジェットに囲まれた世界を描きがちです。でも、私はそうはしたくなかった。もっと、有機的な近未来像を描きたかったのです」

 本作の背景にある世界観を監督はこう語る。

「ここは、過去に気候に関する大きな災害が起きた後、人々の努力によって再建された世界。だから人類は、誰もが自然に対して謙虚な思いを持ち、また、そうせざるを得ないことをよくわかっています。つまり、自然と人間との調和がとれている。この社会を描くことは、私には、とてもワクワクすることでした」

 主人公のジェイクを演じるのが、コリン・ファレル。『S.W.A.T.』や『トータル・リコール』などアクションのイメージが強い俳優だが、監督は、彼の存在感がずっと気になっていたという。

「彼が演じるキャラクターには常に葛藤がある。それに彼は、実は大変な詩人です。メッセージをくれるときも、まるでそれ自体がポエムのよう。とても感受性の強い人なんです。だから、この作品で僕が求めた静かな“間”のことも、すぐ理解してくれました」

 時にお茶を飲みながら、時に深い緑の中を散策しながら、ジェイクはうつむき、思索に耽る。どこまでも静かで美しい、印象的なシーンだ。

「私が映画やアートを愛するのは、それを見ることで他者と深く会話ができるからです。同時に、現実社会の葛藤からほんの少し離れる時間や場所をくれる。そして調和やバランスを見出すための思索をする。本作も、そんな映画であってほしいと願っています」

KOGONADA/韓国生まれ。映像作家、映画研究者として、R.ブレッソンやA.ヒッチコック、小津安二郎などにまつわるビデオエッセイを数多く制作。2017年に映画『コロンバス』で長編デビュー、米インディペンデント・スピリット賞3部門にノミネート、多くの批評家から称賛された。また、22年、Apple TV+配信のドラマ「Pachinko パチンコ」をジャスティン・チョンとともに監督した。

INFORMATION

映画『アフター・ヤン』(10月21日公開)
https://www.after-yang.jp/