文春オンライン

連載クローズアップ

2022/10/28

――監督から見て、最初のバージョンと完成版とで一番変わったところはどこですか?

山﨑 役者の表情をちゃんと見せられるようになったことでしょうか。最初のバージョンは、どうしても「意味」を見せてるところがあったかもしれない。自分自身、セリフや説明的なシーンを削っても、ちゃんと役者さんがそういう表情をしているんだと見つめなおせた気がします。その意味でも、今回の編集作業はすごく勉強になりました。

 

――山﨑さんの映画は、いわゆる地域おこしのための「ご当地映画」とは違うと思いますが、監督自身が住んでいる真庭という場所で撮り続ける意味は何なのでしょうか?

山﨑 住んでいる場所で映画を作るって、作家にとって一番有利な手ではあるんですよ。毎日生活しながらロケハン(ロケーション・ハンティング)やシナハン(シナリオ・ハンティング)をしてるようなものなので。他の場所で撮ることはあまり考えられないからここで撮った、というか。

 真庭市では、今映画がとても盛んになっていて、行政の後押しもあり僕も最初の頃よりずっと映画を作りやすくなったなと感じています。だから僕もことあるごとに真庭の名前を出してはいるんですが、別にPRしようと思って言っているわけじゃないし、地元の人たちをたくさん出演させようともあまり考えていません。結果的に地域おこし的な役に立っているのならいいですけど、「ご当地映画」と言われると、やっぱり違うかなとは思いますね。

――今後も、真庭でトマト農業と映画制作は両輪でやっていくおつもりですか。

山﨑 いや、そういう決意をしたつもりは全然ないんです。農業の方はいつでもやめられると思っていますし、次の映画の予定もまだありません。『やまぶき』は5年間僕だけでなくいろんな人が人生をかけて作ってきた作品なので、今はそれをどう人に届けていくかしか考えられなくて。映画はまたその時が来たら作りたいなと思っています。

 

――すみません。こういう取材だとつい、「地方で農業と映画を一緒に頑張り続けていく人」という型に嵌った物語を作ろうとしてしまって……。

山﨑 いや、それでも別にいいですよ(笑)。

――でも『やまぶき』は、そもそも型に嵌った人なんていないんだ、という映画ですもんね。

山﨑 それはそうですね。何か型を決めちゃうことがいろんなものを不自由にしているように思うし、僕くらいはそこから逃れておきたいなという気はしますね。たぶん頼まれなくても映画はいずれまた作ると思いますが、そのときには今回これだけ編集に時間をかけて作れた経験をぜひ活かしたいです。

やまさきじゅいちろう/1978年生まれ。2006年に岡山県真庭市に移住し、トマト農業を営みながら映画製作を始め、『ひかりのおと』(11)『新しき民』(14)を監督。長編3作目『やまぶき』は日本映画として初めてカンヌ国際映画祭ACID部門に正式出品された。

その他の写真はこちらよりご覧ください。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー