これらすべてが、たったひとりの男の好奇心によって成り立っているとは……。そう考えるとまさに壮観。良くも悪くもヨーロッパ文化の底流にある、物欲の凄まじさを目の当たりにできる展覧会が始まった。東京・渋谷、Bunkamuraザ・ミュージアムでの「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」。
権力と財力の限りを尽くしたコレクション
ルドルフ2世とは、16世紀末から17世紀初頭にかけて神聖ローマ帝国皇帝だった人物。中央ヨーロッパに広大な領土を誇った帝国だったから、その頂点に立つ皇帝はまさに時代の「顔」だ。
そんな彼が何より熱を上げたのは、政治でもなければ女性でもない。コレクションだった。芸術、科学、占星術関連、遠い国の文物から自然のものまで。あらゆるジャンルにわたってモノを集めまくった。
時の皇帝なのだから、権力と財力は思いのまま。欲しいと思ったものはなんでも手に入れた。3000点にも及ぶ絵画。当時の最先端技術だった望遠鏡や時計。ウィーンから遷都して居住したプラハ城内には、動物園と植物園も作った。
そうしていつしか、歴史に残る規模の一大コレクションが出来上がったのだった。
ルドルフ2世による収集成果の一端を紹介しようというのが今展。精巧なこと極まりない細工が施された《貝の杯》や、金ピカに光る《時計》といったいかにもお宝らしい逸品にも目を見張るが、中心は絵画作品となる。
おもしろいのは、絵柄にもルドルフ2世の旺盛な収集癖が表れていること。画面にとにかくあれこれ描き込んである作品が多いのだ。
野菜と果物と花で描いた皇帝の肖像も
たとえば、ヤン・ブリューゲル(父)の《陶製の花瓶に生けられた小さな花束》。小さな花束? いや、まったく小さくない。盛りに盛った生け花が、画面の隅々までを埋める。いろんな季節に咲く花々が並べてあって、その数は50種近くにもなる。いちどきに見渡せる花の事典のよう。
物量でさらに上回るのが、ジュゼッペ・アルチンボルドの《ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世像》。アルチンボルドといえば、寄せ絵の第一人者。何らかのモノを寄せ集めて異なる何かを現出させるのが寄せ絵で、つまりは「だまし絵」の類。ダジャレみたいなもので、ちょっとした笑いを狙った絵だったりするのだけれど、今作では皇帝その人の肖像を寄せ絵にしてしまった。なかなか大胆な所業ではないか。
ではルドルフ2世の姿は、何を使って表されているか。野菜と果物と花である。なんと67もの種が用いてある。野菜や果物の組み合わせ方はさすがに絶妙だ。目はベリーとチェリー、鼻は洋ナシで、両頰はリンゴとモモでできているというのに、不思議なことにちゃんと威厳が漂っている。
一つひとつのモノが圧倒的な技量で描かれているからこそ、この見応えが保てるのだろう。モノの組み合わせ方にも無理がなくて、これぞ熟練の業。上質の古典落語を思わせる味わいがある。
ルドルフ2世はコレクションが増えるたび、さぞご満悦な表情をしたことだろう。会場を巡っていると、そんな想像をしてしまう。永遠の「男の子」、または異様に守備範囲の広いオタクとでもいおうか。皇帝なのにどこか親しみを感じさせるルドルフ2世が生み出す「驚異の世界」へ、しばしお邪魔してみよう。