長寿番組「笑点」でおなじみの六代目、三遊亭圓楽さんが、肺がんのため、72歳で亡くなったのは、今年9月30日のこと。
圓楽さんと入門同期で、半世紀にもおよぶ交遊のあった春風亭小朝師匠が、これまでの沈黙を破り、文藝春秋12月号(11月10日発売)に長い追悼文を寄稿した。
「僕は圓楽さんを楽ちゃん、あちらは僕を宏ちゃんと呼んでいたので、これから先は楽ちゃんと書かせてもらいます」と始まる追悼では、前座時代に圓楽さんのアパートで雑魚寝した思い出、楽屋での圓楽さんの振るまい、そして女性関係にも触れている。
その上で、圓楽さんが、じつは芸に関してシビアであったと明かした。
「楽ちゃんは芸に関してはかなりシビアな人なんですよ」
「楽ちゃんを傍で見ていて常々感じていたことがあります。それは彼が本当に欲していたのは大喜利タレントとしての名声ではなく噺家圓楽としての高い評価です」
ながらく切磋琢磨してきた小朝師匠だからこそ書ける、噺家圓楽の姿である。
楽太郎として人気を博していた「楽ちゃん」が、六代目三遊亭圓楽を襲名するのは2010年のこと。そのパーティーの司会をしたのは小朝師匠だった。
師匠が結婚式やパーティーの司会を一切やらないことを承知の上で、依頼があったという。