日本のがん医療には、無法地帯というべき闇が存在する。数多くの臨床試験で有効性がないことが証明された、「免疫療法」のことだ。
去年、がんで死亡した人は約38万人。完治が難しい、がんの再発や転移に直面すると、「助かるための治療法」を患者は必死に探し求める。そこに待ち受けているのが、自由診療の「免疫療法」という陥穽(落とし穴)なのだ。
第1回は、国立金沢大学附属病院の敷地内で行われていた、民間クリニックの免疫療法についてお伝えする。
(*月刊「文藝春秋」12月号「インチキ免疫療法の陥穽」より、一部抜粋・加筆)
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本庶佑氏も「医の倫理」に反すると「自由診療の免疫細胞療法」を厳しく批判
「免疫機能によって、がんを治療する」という手法は、世界中から注目されてきた。最も期待されていたのが、患者から採取した血液中の免疫細胞を活性化、または増殖させて体内に戻す「免疫細胞療法」である。
免疫細胞には「T細胞」「ナチュラルキラー細胞」「樹状細胞」など複数の種類があり、それぞれの働きは異なる。そこで大学病院を中心に、数多くの臨床試験が行われてきたが、どれも免疫細胞療法の有効性を立証できなかった。(*注1)
ノーベル医学生理学賞を受けた本庶佑氏(京都大学特別教授)は、筆者のインタビューに対して、次のように述べている。
「免疫細胞を活性化する方法は、多くの臨床試験で効かないことが分かった。それで我々は、発想の転換で“免疫を阻害する働きを外す”研究をした」(文藝春秋 2020年3月号より要約)
その研究が世界的に評価された、免疫チェックポイント阻害剤・オプジーボの誕生に繋がったのである。本庶氏は、「明確なエビデンスがない医療をビジネスとしてやるのは、明らかに『医の倫理』に反している」(同)と、自由診療の免疫細胞療法を厳しく批判した。
しかし、大半のがん患者は、免疫細胞療法をめぐる歴史や現実を知らない。だから、「次世代のがん治療」「副作用が少なく身体に優しい」「末期でも諦めない」などのパワーワードを並べる、免疫細胞療法に引寄せられてしまうのだ。
自由診療の免疫細胞療法は、数百万円単位の治療費が必要になる。「2千万円を注ぎ込んだ」という患者もいた。裏を返せば、医療機関にとっては、「莫大な利益」を得ることが可能なビジネスなのである。そのため「医の倫理」を失った医師は、決して少なくない。