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原作と映画、異なる形の異なるあり方

 原作とは描写が微妙に変わっているシーンもある。たとえば、城戸が自宅で香織と緊迫した会話を交わすシーン。

 原作では、ヘイトスピーチを特集するTV番組を観ていた城戸のもとに息子がやって来て、訝しく思った香織がTVを消す、という場面だが、映画では、城戸がTV番組を観ていると息子がワイングラスを倒してしまい、城戸が息子を怒鳴りつける、という描写になっている。

石川「ああいう描写は小説とは異なる映画の特性に即したもので、具体的なアクションで人物を表現しているところですね。城戸は、主人公でありつつ狂言回しでもあるので、映画の演出として、いかにこれが城戸の話なのかを観客に知らせる必要がある。その状況がいかに城戸に作用するのかアクションで示す必要があったんです。城戸の家の近くで工事がおこなわれているとか、細かい描写の積み重ねもそういう意図によるものです」

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『蜜蜂と遠雷』の黒馬など、効果的なイメージショットも石川監督の作品の特色だが、今回は原作にもあるマグリットの絵や樹木が象徴的に使われる。

石川「映画で象徴的なショットを多用しすぎると、全体のバランスが崩れてしまうおそれもあるので、そこは悩んだ点ですね。たとえば原作にある三歳の記憶——当初はあれも映像化したくて、美術の方に発注もしたのですが、キービジュアルとして前に出すぎる可能性があると判断してやめました」

 一方で原作では細かく描写される城戸と美涼(清野菜名)の関係性は、映画ではそこはかとなく匂わせる程度にとどまっている。

『ある男』©2022「ある男」製作委員会

石川「美涼は編集段階でかなりシーンを落としたんですよ。ただ、城戸との関係性については、清野さんが丁寧に演じてくださったおかげで、ちゃんとある感情が伝わってくるようになっていると思います」

平野「そうですね。映画ならではの巧いバランスでまとめてくださいましたけれど、バーのカウンターにいる清野さんがあまりに魅力的だったので、個人的にはもうちょっと見たかったな、と(笑)」