平野「城戸は、現在の社会のなかでの在日三世のあり方を象徴するような人物です。朝鮮人のコミュニティのなかで暮らしているわけではないし、ひどい差別を受けながら育ったわけでもない。だけど、ヘイトスピーチが溢れ返っているような状況を目の当たりにすると、否応なく自分の出自を意識せざるをえなくなる。その微妙な心理を描きたいと思いました」
「分人主義」的なモティーフは、作中のさまざまなシーンやディテイルに表れている。城戸の妻・香織とその両親、伊香保の温泉宿を切り盛りする大祐の兄・恭一、陰謀論にはまっているバーの店長・高木……。いずれもごく普通の市井の人々だが、端々に差別的・排他的な瞬間が仄見える。
「差別やヘイトは、明瞭にそうとわかるものだけでなく、むしろ…」
平野「差別やヘイトは、明瞭にそうとわかるものだけでなく、むしろ日常の細部にじわじわと染みわたっている。『分人主義』は、アイデンティティと属性が一対一で結びつくのではなく、対人関係ごとにさまざまな自分がいるという考え方であり、その意味ではエンターテイメント的な属性の固定とは正反対の思想です。エンタメ化というのはキャラクターのカテゴリー化、つまりこの人はこういう人である、と規定することですから」
この映画は、そのような「分人」の像を、俳優たちの身体をとおして豊かに浮かび上がらせる。
石川「安藤サクラさんは、文房具屋のレジに座っているだけで『こういう人いるな』という説得力がある。さすがですよね。窪田正孝さんについては、衣裳さんに『なるべく汚くしたい』と言って、どこかで拾ってきたようなジャンパーを着せましたが、それで雨の中に立たせたら、これもまた圧倒的なオーラがある。このへんは僕の演出というよりも俳優さんの力ですね」
平野「皆さん、本当に見事でした。妻夫木聡さんは、里枝と一緒に話しているときと香織と一緒にいるときのたたずまいがまったくちがっていて、しかも意識してそう演じているのではなく、場面ごとにおのずとそうなっている感じがよく出ていました」
真相のカギを握る詐欺師・小見浦(柄本明)と城戸の刑務所でのやりとりも印象的だ。
平野「小見浦は差別的なことばかり言う男で、城戸ははっきり軽蔑しているのだけれど、そういう人物が自分の人生にかかわる大きな引っかかりを残したことで、城戸は非常に戸惑う。一方的にある関係性を設定して始まったコミュニケーションが変容していく面白さですね」