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 特に今回のカタール大会はコロナ禍の影響もあり、出国前の手続きは過去最高レベルの難易度となった。更にドーハ1都市集中開催の影響で、ホテル不足も深刻な問題となり、僕らサポーターを悩ませた。

 それでも僕は「現地観戦」にこだわった。何が何でも現地に行くんだという強い覚悟を持って、この数カ月間準備してきた。それはなぜか。

 改めてワールドカップ現地観戦の貴重さ、尊さを言語化してみようと思う。

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カタールワールドカップを「現地観戦」するまでには過去最高レベルの困難があった(写真=村上アシシ)

困難を乗り越えた先に歓喜が…僕が現地観戦にこだわる理由

「百聞は一見に如かず」ということわざがあるとおり、モニタ越しに得た2次情報よりも現場で得た1次情報の方が100倍価値がある。

 五感を通して感じたものは無機質な「情報」ではなく、生々しい「経験」と言える。現場で乗り越えた数々の苦難はその人の血となり肉となる。まるでドラクエのレベルアップの効果音が鳴り響くように、「現地に赴く」という行動は人生の経験値を高めていく。

筆者はワールドカップは2006年ドイツ大会から2022年カタール大会まで5大会連続で現地観戦。2010年南アフリカワールドカップでは出場32カ国を歴訪する「世界一蹴の旅」を完遂している(写真=村上アシシ)

 今回のカタール大会も、過去の大会以上に現場でのトラブルは尽きない。

 ホテル不足の対策として、今大会は宿泊用の仮設コンテナが何千と並ぶファンビレッジがドーハ各地に新たに建設された。

 1泊2万円を超える宿泊料金なのに、「部屋の準備ができておらず、チェックインまでに11時間もかかった」「シャワーからお湯が出ない」「Wi-Fiが使えない」など、悲惨な事例をよく聞く。

 僕もカタールの乾燥した気候に喉がやられて、声がかれてしまった。次戦のコスタリカ戦までの体調回復を優先すべく、泣く泣くウルグアイ対韓国の観戦チケットを手放した。

「トラベルにトラブルは付き物」とよく言うが、こういった困難を乗り越えた先にある歓喜こそプライスレスだ。

 ましてワールドカップは4年に1度しか開催されない「世紀の祭典」。世界中が注目する一戦で、サッカー大国ドイツ相手に大番狂わせを演じた試合を生で観戦する。こんな経験は一生の語り草にできると言えるだろう。

ドイツ戦、劇的な逆転勝利の舞台となったハリファ国際スタジアムの外観

サッカー日本代表の応援は、いくら頑張っても結果が伴うわけではない

 突然だが、推し活という言葉をご存じだろうか? 昨年、流行語大賞にノミネートされた言葉なので知っている人も多いかもしれない。推し活とは好きな個人、チーム、キャラクターなどを応援する活動のこと全般を指す。

 サッカー日本代表をスタジアムで応援するのもれっきとした「推し活」だ。

 推し活のもどかしいところは、応援をいくら頑張っても好結果が伴うわけではない、という点だ。