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「巨大ヒグマがダダッと駆け降りて『グワァ』と…」4回ヒグマと遭遇した“ハンター御用達”職人が最も危険を感じた瞬間――2022年BEST5

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2023/01/22

genre : ニュース, 社会

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2022年(1月~12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。クマ部門の第1位は、こちら!(初公開日 2022年9月25日)。

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 北海道のある町に知る人ぞ知る「看板のない鉄砲師」がいる。

 私は羆(ヒグマ)とハンターの攻防をテーマに取材していながら、「銃」や「射撃」については門外漢だ。だが「銃」のことを知らなければ、勝負の機微に触れることはできない――そんなことを考えていたときに、ひょんなことから羆ハンター御用達の鉄砲職人である山崎和仁(仮名)の存在を知った。山崎の店は“一見さんお断り”で、顧客は腕利きのハンターばかり。既製品の銃は扱わず、顧客のニーズを完璧に満たすオンリーワンな銃をオーダーメイドで製作しているという。

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 何となく無口な職人のような人をイメージしていたが、実際に会った山崎は70歳とは思えないほど若々しく、その明晰な語り口が印象的だ。本業は別にあり、鉄砲製作は「あくまで趣味です」と笑うが、北海道公安委員会が指定する射撃指導員の資格を持つ射撃のスペシャリストでもある。(全2回の2回目/前編から続く)

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大きなヒグマが出現、「グワァ」と一声吠えた

 山崎自身が過去に4回ヒグマと遭遇したうち、最も危険を感じたのは6年前の11月、美唄岳の麓でのことだった。薄暗い林の中を1人で歩いていた山崎は、そこだけ切り通しになっている場所に出た。ふと見ると幅15m、深さ10mぐらいの川の向うに大きなエゾジカのオスがいる。すかさずこれを撃つと、シカはコテっとひっくり返った。

「ただ間もなく日没というタイミングで、かなり大きな個体だったこともあり、その日は解体せずそのまま帰ったんです」

 翌日、再び現場を訪れると辺りには異様な雰囲気が漂っていた。通常であれば1日経てば、シカの死骸にはカラスやキツネが群がり、あらかた食いつくされてしまっているものだが、荒らされた様子はほとんどない。見るとカラスは木の上に群がっているのだが、不思議なことに、ほとんど声も上げずに押し黙っている。「ヘンだなぁ」と思いながら車を止めてドアを開けた途端、山崎の視界の端を「何か黒いもの」が過ぎった。その正体を確認する間もなく、川の向こう側に大きなクマがダダッと駆け降りてきて、「グワァ」と一声吠えた。

トレイルカメラに映った親子熊(提供 南知床・ヒグマ情報センター)

「それはもう凄い形相です。あんな声で威嚇されたことは後にも先にもない」

 よく見ると、傍らに中型犬ぐらいの子熊がいた。最初に視界を過ぎったのは、この子熊だろう。母熊は、親子で食べるために確保したシカの死骸を山崎に獲られまいと必死になっていたのだ。

「鉄砲は持ってたけど、親子熊だし、無理に撃つことないなと思って。しばらくその場を離れて戻ってきてまだ居座ってたら、撃とうかな、と時間をつぶすことにしました」

 30分ほど経って、再び山崎が現場に戻ってくると、親子熊の姿は既になく、シカの死骸もカラスの群れも跡形もなく消えていた。

「人目のつかないところへ母熊が担いでいったんでしょう。重量的には、オスジカの死骸は、自分(母熊)の体重とほぼ同じくらいだったはずです」

 ヒグマの膂力(りょりょく)の強さを改めて思い知らされる出来事である。