2020年のクマによる被害は4月~10月の間に限っても132人。環境省のデータによると、過去最悪となった2019年の157人に迫るペースとなっている。山中に立ち入るにあたって、誰もがクマとの遭遇に無自覚ではいられないのが現状だといえるだろう。
ときに人を襲い、殺害してしまうこともあるクマ。もしも遭遇した場合はどのような対処をとれば、最悪の事態を逃れられるのだろうか。日本ツキノワグマ研究所理事長を務める米田一彦氏による著書『熊が人を襲うとき』より、誰もができる最善の対処法を引用し、紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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死んだ振りは有効だ
『明治43年9月17日、栃木県塩谷郡で鉱物調査中の男性(55)が寝ているクマと遭遇、手、額に重傷。「死人の真似」をした。』読売新聞(1910・9・20)
この日、クマ事故で初めて「死んだ振り」の対応をした人が紙面に現われた。子牛ほどのクマと遭遇して、言い伝え通りに死人の真似をしたそうだ。そうする以外にないほど重傷で、防御体勢をとったと思われる。
『大正15年5月6日、福島県湯本村二岐温泉で、男性4人(68、67、60、58)が親子3頭のクマと遭遇、一斉に「地面に伏せ」無傷。』読売新聞(1926・5・16)
敵と遭遇したら発見されないように「地に伏せる」ことはあるが、死んだ振りをして、クマをやり過ごした面白さを記者が捉えたのだろう。温泉の湯煙に酔ったようなおじさんたちが揃って地面に伏せた。微苦笑を誘われる記事だ。
「死んだ振り」「死んだ真似」「寝たまね」「死人を装い」と文字になっているものは80人いる。「伏せた」と発言している人も女性を中心に85人いる。これは、女性が無意識に顔を守るために取った行動と思われる。
女性ではクマに遭遇して動転し、気絶状態で地面に寝そべる例が多数ある。
(1)基本型
『31年10月5日、福井県加戸村で、水汲みの男性( 58 )が遭遇、「死んだ真似」をしたら、同人の肩を二、三度叩き、無傷。』朝日新聞(1931・10・9)
クマの大出没年だった昭和6年(31年)に3件の「死人を装う」「死んだ真似」事故が見られる。このころにはクマに遭遇したときの対応のひとつになっていたようだ。同人の肩を三度まで叩いたのは、通り過ぎるときに当たったのではないか。
『59年10月17日、福井県大野市で、農作業中の女性(51)が遭遇「死んだ真似」。クマは同人の後頭部を叩いて通り過ぎて軽傷。』福井新聞(1959・10・18)
「後頭部を叩いた」は、通り過ぎるとき、爪でも当たったのではないか。「死んだ真似」という用語は戦後期に日本海側に限定的に使用されている。