(3)核心例
次例は、この項の最も核心的な事例だ。
『86年6月5日、山形県大蔵村で営林作業中の男性(58)がクマと遭遇し、背を向けて逃げると襲われると思い、斜め方向に走った。前に転び死んだ振り。クマの息吹が聞こえたが、去った。』山形県庁調書
当時、私は山形県庁の担当者から話を聞いており、クマが男性の周りを歩いて様子を窺ったという。6月の交尾期の雄グマの行動で、「雌グマかどうか情報を集めるため」近寄ったと思われる。
山形営林署管内では、クマと遭遇したら「背を向けて逃げるな」と教育されているようで、例がいくつかある。
死んだ振りをしたことで九死に一生を得たこの遭遇戦、クマと正対しつつ斜めに移動し、積極的に反撃せずに地面に倒れて静かになった男性に、クマが攻撃性を低下させたように見える。
長年山仕事で足腰を鍛えた営林署員でも、山野で走れば、転ぶ。
死んだ振りをしている男性を恐れたクマ
(4)躊躇い型
次の例は時間を追って想像してもらいたい。若いクマの攻撃生態を活写している最重要な例だ。死んだ振りをしている男性を恐れ、攻撃を躊躇っているようだ。
『84年6月2日、岩手県遠野市で山菜採りの男性(64)がクマに足を咬まれて転倒。クマは木に登り、痛がっている男性を見下ろした。男性が逃げるとクマは飛んできて男性を引っ掻いて、また木に登った。男性は困惑し、クマと根競べに入り40分、男性は堪らず逃げ出すと、クマは木から降りてきて男性を襲い、斜面を50m、転落、クマは逃げた。首など全身、11 箇所を咬まれて全治1ヵ月の重傷。』河北新報(1984・6・3)
《クマの強襲には柔らかく対応するべきだ》――米田
女性被害者497人中、確実に鈍器を振ったのは16人だけで、多くはごく自然に地面に伏せるので「首をガードして顔を守る」方が現実的だ。
山に不慣れな行楽客、都会人が、逃げた途端に不整地に足を取られて転び、恐怖で頭を両手で抱えるのは自然な心の動きと身体動作だ。
ナタ、カマなどで反撃し、その後で「死んだ振り」に転じてもクマの攻撃性は継続することが多く、その結果重体、重傷など受傷程度を上げるのは不適だ。