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バラバラになった「幸せな家庭」

 死にきれなかった美香を救ったのは、通っていた高校の教師だった。卒業後はどうするか、進路の相談に親身に乗ってくれた担任教師だけには心を許すことができた。母や祖父母には到底明かすことのできない、義父からの性的虐待を打ち明けられた。とんでもないことを聞かされた教師は、すぐにしかるべき機関とともに対応に乗り出す。そして、美香は児相に保護された。

 それから数週間、なぜ美香が児相に保護されたのか、夏菜子がいくら問い合わせても理由は教えてもらえなかった。そして保護から1ヶ月が経とうとしたとき、夏菜子と晃は児相から呼び出しを受ける。

「そこで初めて、美香が晃からどんなおぞましいことをされていたのかを知らされました。正直に言えば私はまだどこか半信半疑でした。現実感がなかったんです。心のどこかで夫がそんな真似をするはずがないと思っていましたし、娘がそんな目に遭っているなんて信じたくありませんでした。でももしこれが真実なら、夫を殺してやりたいと思いました」

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 夏菜子はその場で半狂乱になったという。だが、そんな彼女に児相の職員は予期せぬ言葉を投げかける。「美香ちゃんが、お母さんと光輝くんの3人で暮らしたいと言っています。どうなさいますか?」

「家族3人でやり直したい」と言ってくれた娘

 晃の逮捕から2週間、呪われた家を飛び出しシェルターに避難していた夏菜子と光輝のもとに、満面の笑みで美香が帰ってきた。

「娘は憑き物が落ちたような顔をしていました。そこで、児相や警察でも聞かされていなかった話を語ってくれました。夫の裁判の冒頭陳述や被告人質問、裁判書類で次々と真実が明らかになりました。同時に、過去に感じていた違和感や娘の行動の理由が、線で繋がっていったんです」

  逮捕された晃の裁判が始まった。検察が次々と挙げる夫の具体的な凶行は、否応なく夏菜子を現実に引き戻した。私の夫は人間じゃない、鬼畜だと思った。

写真はイメージです ⒸAFLO

「娘が『もう一度、お母さんと弟と、家族3人でやり直したい』と言ってくれたことで完全に目が覚めました」

 2021年10月、晃に言い渡された判決は懲役6年。未決算入250日を引いた期間、夏菜子の夫は獄中で過ごすことになる。

 夏菜子と美香と光輝は、いま、新しい土地で新たな生活を始めている。美香は専門学校に進学した。友人や恋人もできたという。光輝の養護学級への通学もはじまっている。

 そして、母と娘は事件のことについて、率直に語り合うようになった。互いが負った傷をいやすように。