小説家・吉本ばななが最初の著書となる中編集『キッチン』(福武書店=現・ベネッセコーポレーション)を刊行したのは、いまから30年前のきょう、1988(昭和63)年1月30日のことである。その表題作では、主人公の女子大生が唯一の肉親だった祖母を亡くしたあと、生前の祖母と親しかった青年とその母親(実は女装した父親)の住むマンションに身を寄せてからの日常が描かれた。同作で前年の第6回「海燕」新人文学賞を受賞した吉本は、《私のことを好きになってくれる人、きらう人、いいことも悪いことも、全部マス目にうつし出して生きて、死んでゆけたらと昔から望んでいました。全ては、今から後です》と、作家として生きていく決意を表明していた(『海燕』1987年11月号)。

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 単行本『キッチン』はこのほか「満月――キッチン2」と「ムーンライト・シャドウ」(日本大学芸術学部1986年度卒業制作、芸術学部長賞)を収録、あとがきには《「本が出た」という嬉しい事実を丸ごと私の父に捧げます》と、父で詩人・評論家の吉本隆明への献辞も掲げられた。刊行後は三島由紀夫賞や芥川賞の候補にもなり、88年11月には「ムーンライト・シャドウ」で泉鏡花文学賞を受賞する。

登場人物の「ありのまま」の姿が人々の心を捉えた

 吉本は本書のあとも1988年中に『哀しい予感』、『うたかた/サンクチュアリ』(芸術選奨文部大臣新人賞)、翌89年には『TUGUMI』(山本周五郎賞)、『白河夜船』と、立て続けに作品を刊行し、いずれもベストセラーとなる。その読者の大半は若い女性だった。こうしたブームについて、《吉本の作品の登場人物は、他者にどう見られるかを気にしない。悲劇的な状況におかれながら、コンプレックスもおごりもなく、ありのままの「自分」を生きている。そうしたくてもできない読者にとって、それはさわやかな「癒(いや)し」となるのだろう》とも分析された(『朝日新聞』1989年5月21日付)。『キッチン』は1989年には森田芳光監督により映画化(主演は川原亜矢子)もされている。その後、イタリアやアメリカでも翻訳され、多くの読者を得た。

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 なお、デビュー当時、インパクト大だった「ばなな」のペンネームだが、当人はその由来を訊かれるたび、《適当かつ真実であるところの「バナナの花が好きなんでござるよ。」という答えを述べ》ていたという(吉本ばなな『パイナツプリン』角川文庫)。

キッチン (新潮文庫)

吉本 ばなな(著)

新潮社
2002年6月28日 発売

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