1ページ目から読む
2/2ページ目

ボージャックのあがく姿に自分自身を見出さずにいられない

 でも何よりすごいのは心理描写の厚みです。ボージャックが成功を前にして抱く空虚さや、俳優業で思い通りにいかない焦燥、愛を前にすると無意識にトラブルを起こしてしまう自己評価の低さなど、鬱々とした内面を見据えた世界観。全編がシビアで過激なコミカルさにくるまれていますが、ボージャックの破壊衝動は観ていて「ハハッ」と笑い声をあげると同時に、頭の中に暗雲が垂れ込めるような不安がこびりついてきます。ボージャックのあがく姿に視聴者が自分自身を見出さずにいられない、誰もが陥りそうな負の感覚がとても研ぎ澄まされたアニメなのです。

 そしてボージャックがなぜネガティブで、常に自己嫌悪にさいなまれているのかが徐々に見えてくる幼少期。母親との軋轢に苦しんできた出来事は初期から時々挟まれ、シーズン4ではいよいよ老齢の母と向き合う物語がメインとなります。このシーズンは4代に渡るボージャックの家系を同時進行で描いていて、そのポリフォニックな語り口はとても高度です。

プリンセス・キャロライン。ボージャック・ホースマンの元恋人

 本作は画面の密度が濃いので、繰り返し観ても毎回発見があります。それぞれの家やオフィスの壁にある、有名な絵画の人間を動物に変えたパロディバージョンも楽しみのひとつ。ホックニーやマチス、フランツ・マルク、マネ、シャガールなどの代表作なので捻りもわかりやすいです。またキャラクターのイメージを担う絵画もあります。ボージャックは基本的にポップアートで、ホックニーやウォーホルのパロディが中心。90年代の彼の部屋にはキース・ヘリングや、バート・レイノルズのヌード写真を模したボージャックのヌード絵画も。『馬か騒ぎ』のクリエイターで、のちに親友のボージャックと袂を分かつことになるハーブ・カザズのオフィスには、バスキアのタッチで描かれた馬の絵があります。

ADVERTISEMENT

 他には猫つながりでプリンセス・キャロラインの部屋にはルイス・ウェイン。ダイアンとミスター・ピーナツバターは同居していても好みが分かれていて、ダイアン・アーバスのモチーフは明らかにダイアンの趣味。そして『馬か騒ぎ』の子役から、お騒がせセレブに成長したサラ・リンの部屋には、サラ・リン自身が描かれたミレーの「オフィーリア」が飾られています。他にも大量に絵画やポスターのパロディがあるので、その辺りのチェックはぜひオススメ。あ、テレビ局のシーンでは、モブキャラのひとりがデヴィッド・ボウイ『アラジン・セイン』の馬バージョンのTシャツを着ていました。細かい!

シーズン4の新キャラ・ホリー・ホック

 ボージャックの回想録を書いたダイアンはWEBライターとして、歯に衣着せぬ論調が世間に激震をもたらすことも度々。ダイアンを中心として、このアニメはフェミニズムにも鋭い目配りがされています。でも傷痕に塩を塗るような話ばかりではなく、ボージャックとダイアンのつかず離れずの友情がいいのです。ダイアンもウジウジ悩んだり衝突を繰り返したりするキャラクターなので、ボージャックとはどこか似た者同士。それぞれが仕事や家庭で問題に直面したとき、なんとなく話を聞いてくれる相手を求めて、二人が会話を交わす静かな時間がとてもしみじみとします。最後に、個人的に好きなセミレギュラーのキャラは、ニャンニャン・ファジーフェイス巡査と、ハーブ・カザズやボージャックの母の介護をするクマのティナです。

◆ ◆ ◆

 Netflixオリジナルアニメ「ボージャック・ホースマン」
シーズン1~4独占配信中