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目立つのは“大嫌い”、登板日は“怖い”…佐々木朗希が人前で話ができるようになるまで

文春野球コラム 文春WBC2023

2023/03/10
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怪物が、まだ怪物ではなかった頃の話

 ただ、不思議な事に目立つのが嫌いで必死に目立たないように生きてきた中で野球では一番目立つピッチャーを自らの選択で選んだ。グラウンドの真ん中。誰もが注目をするマウンドから投げるピッチャーが好きだった。小学校の時は「ショボすぎるピッチャーだった」と言う。身体が大きいこともあり、一塁を守る事も多かった。外野を守ることもあった。「ボク以外のピッチャーの方が速い球を投げていた。なによりもみんなボクよりコントロールが良かった」と当時を振り返る。それでも心折れることなく試合で一番目立つピッチャーを色々なターニングポイントで選び続けた。そして転機は中学時代に訪れる。

 141キロ。佐々木朗希が最初に記録したスピードガンの球速だ。中学3年生の時、岩手県八幡平市にある球場のビジョンに映された。

「気持ちよかったですよ。自分では135キロぐらいは出ているかなあと思っていたら、もっと出ていた」と佐々木朗希は初めて目にした自身のスピードと、その時、脳裏によぎった想いをハッキリと覚えている。プロ野球を夢にも思っておらず、目標として口に出すことは一切なかった少年に少しばかり自信が芽生えた瞬間だ。そして高校生になって迎えた1年夏の県大会。盛岡北戦でリリーフとして初登板をすると147キロをマーク。この時、初めてメディアに取り上げられることになる。

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「あるスポーツ新聞の東北版で大きく紹介していただきました」と佐々木朗希。報道されるのは初めての事だったからよく覚えている。もう二度とないであろうとすら思っていた。怪物が、まだ怪物ではなかった頃の話。東北の逸材の一人にすぎなかった。しかし、ここから世間の注目度はイッキに上がり、フィーバーは過熱していく。高2の夏が終わるとその名は次なるドラフトの注目選手として全国に広まり、ジャパンの候補にも名前が挙がる。高3夏のフィーバーについてはあえて語るまでもない。

まだ変わらない登板日のメンタル

 一番嫌だったことは自身が投げていない試合でも試合後にコメントを要求されたこと。そしてチームメートが本塁打を打つなど活躍している試合でも、自分だけが報道されることがあったこと。憶測の報道もあった。目立つことが嫌いだった若者は思春期の真っただ中に過熱する報道と接した。中心へと押し出される形となった。

 それでも今、あれほど苦手としていた人前で話をするのはプロ野球選手としての責任を感じているからだ。自分が発信することで伝わることがある。一人でも多くの人に野球が好きになって欲しい。マリーンズが好きになってZOZOマリンスタジアムに足を運んでほしい。プロ野球への入団を決めた時からプロとして、苦手な事ではあるが逃げずに受け止めて進む覚悟を決めた。様々なインタビューを動画などで見て参考にしながら、話をする中で人に伝える方法を考えたりした。子供の頃から考えると信じられないほど、人前で話をする機会が増えた。それは佐々木朗希自身も驚くほどで、自分ではまだしっかりと話が出来ているとは思ってはいない。それでも明らかに落ち着いて言葉をしっかりと選びながら、ハッキリと想いを口にできるようになっている。侍ジャパン合流後はさらに注目度は上がり、子供たちの憧れのスターとなっている。

 それでもまだ変わらないことはある。登板日のメンタルである。「怖い。楽しみなんて全然ない」と本人は言う。昨年も完全試合をした直後の登板でも試合前は何かおびえているような表情をしていた。「先発の日は球場に行く時もこのまま、どこかに行ってしまいたいと思ってしまったりする」と言うほどのメンタルの時もある。だから、よく一流打者との対戦を熱望するようなコメントをメディアから求められても「出来れば対戦したくない。対戦しなければ打たれないから」と答えるほどである。「人生で登板前に思い描いた通りの投球なんてできたことがないし、三振を取ろうとして取れたという事も少ない。欲を出すとタイミングやフォームが崩れることもある」とマイナスなコメントが次から次へと飛び出す。

 周囲から見れば誰もが憧れる投手。誰もが努力をしても投げることが出来ない剛速球を投げる。それでも本人はいつも不安にさいなまれている。出来れば投げたくないという気持ちをもって試合開始時間を待っている。目立つのが嫌いなのに誰よりも注目を集める。凄い球を投げるのに、試合前は脅えるように過ごしている。現実とイメージの間にあるこの大きなギャップは、たまらない佐々木朗希の魅力だ。

 昨年、ある会見でメディアから「子供の時にどのような賞を受賞したのか?」と問われた。「記憶にないです」と答えた。それは本当の事だった。振り返っても、そのような華やかな賞とは無縁だった。「兄や弟はよくもらっていたような記憶はあるけど、自分はまるでない。スポーツ選手とかで、よく家にトロフィーとか賞状が沢山、飾られているような光景とかを目にするけど、自分は全くないと思う」と笑った。そんな佐々木朗希がプロに入って完全試合を達成する栄誉を手にし、いよいよ日本代表の中心選手の一人としてマウンドに上がる。重圧に押しつぶされそうになりながらも世界一を目指す。最高の栄誉に挑む。目立つことが嫌いな男が誰よりも目立つ頂に立とうとしている。

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