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茄子になるのは快感?――本上まなみさんが今月買った10冊

2018/02/15
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 冬から早春、私の家は外と室内の温度がさほど変わりません。なにせ朝の台所は四度しかない。

 しかも最近体重が二キロ増え、食生活に特段の変化はないのに何でだろ? と思っていたら七年通っているパーソナルトレーニングの先生が急に「わかった!」と。「本上さんちがあまりに寒いので、身体が冬眠に備えて脂肪をため込んでいるのだと思います。人間も動物ですから」。

 妙に眠いのもそのせいだったのね。子どもたちも揃ってぐうぐうすぴー。隣で私もふかふか布団にくるまって、読書読書です(さらに増量?)。

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本上まなみ/女優・エッセイスト ©文藝春秋
本上まなみ/女優・エッセイスト ©文藝春秋

 さて、眠る前に読むべき本、とまえがきに記された『太陽と乙女』。著者初の決定版エッセイ大全集、とのことで、めでたいですねえ。森見小説でおなじみの狸や狐などの面々が賑わう表紙、よく見ると絵の中、著者名の下から体半分を現す《茄子》見っけ! この茄子が本書「茄子への開眼」の章で滋味深い味わいをみせています。冒頭はこうです。《一度だけ、茄子になったことがある。そして開眼した。茄子は、いい》。

 パーティなど人の集まる場所があまり得意でないというトミヒコ氏が職場の親睦会に茄子の着ぐるみ姿で参加した際の顛末記。氏は茄子を装うことで、ある発見をされました。

《会話の糸口を見つけ出そうと頑張ったあげく、気まずい沈黙に陥る必要はなかった。なんとなく茄子らしい顔をしてさえいれば、一人でポカンとしていようが、壁際で尻を振って踊っていようが、一切が許される》

 茄子らしい顔、って! でも着ぐるみが自分の気持ちを軽やかにしてくれるというのは光明です。宴席などで所在なげにしている方は(私もそのクチ)、著者の気持ちが手に取るようにわかるはず。着ぐるみとしては最も地味そうな外観、しかし集団に紛れるには悪目立ちしにくそうな絶妙のポジションに思えてくるのが不思議。茄子、いいのね?

 氏の小説には、へっぽこだけど憎めない、愛らしいキャラクターがたくさん出てきますが、このエッセイは、創作活動の源流へ近づいて行くような面白さがあります。

ヘンテコノミクス』は経済行動の真実とその理論をずばり漫画で教えてくれる愉快な本。佐藤雅彦さんの作品は可愛いのが特長。そして取っつきやすく、最後には知的な内容をしっかり理解させてくれる。本書は絵もセリフも昭和少年ギャグ漫画の味わい満載で、見ているだけで笑みがこみ上げてくるのです。

 A、Bランチで安い方のBばかりが出るレストランが売り上げを伸ばすため高額なSランチを作ったら、Aが急に売れるようになったという《極端回避性》。総額は同じ給与でも定額固定より昇給していくパターンを取ったグループの方が、より意欲的に仕事をすることができたという《上昇選好》など、心理的影響が行動に繋がる事例が二十以上紹介され、どれもが《人間とは、かくもヘンテコな生きものなり》の一文で締められる。私は、代表的なおっちょこちょい行動をずばり言い当てられ、「いやあ面目ない」なんて、そんな気持ちにもなりましたよ。

「国境なき医師団」を見に行く』は、連載時から書籍化されるのを待っていた本です。紛争、災害だけでなく、貧困や性暴力が頻発する地域など、その活動領域が世界中に広がっているMSF(団の略称)。いとうさんはその中で緊急援助に加え中長期的に地域に留まり精神的、社会的ケアをも行う活動現場を取材されました。

 ジャーナリストにはなれない、と、現地で写真を撮ること、メモを取ることをもためらう気持ちを度々吐露する著者。《たまたま彼らだった私》《たまたま私であった彼ら》というフレーズが繰り返し本書には出てきますが、その視点こそMSFの活動の核だということがわかります。ここに登場する人たちがみな家族や友達を大切にし、今日を生きる仲間だということを実感できる。

 今回単行本で再読し、改めてよいルポだなと確認しました。

01.『太陽と乙女』森見登美彦 新潮社 1600円+税

太陽と乙女

森見 登美彦(著)

新潮社
2017年11月22日 発売

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02.『ヘンテコノミクス 行動経済学まんが』佐藤雅彦、菅俊一著 高橋秀明画 マガジンハウス 1500円+税

行動経済学まんが ヘンテコノミクス

佐藤 雅彦(著)

マガジンハウス
2017年11月16日 発売

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03.『「国境なき医師団」を見に行く』いとうせいこう 講談社 1850円+税

「国境なき医師団」を見に行く

いとう せいこう(著)

講談社
2017年11月29日 発売

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04.『大阪弁の犬』山上たつひこ フリースタイル 1600円+税

大阪弁の犬

山上 たつひこ(著)

フリースタイル
2017年10月31日 発売

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05.『もの言えぬ時代 戦争・アメリカ・共謀罪』内田樹、加藤陽子ほか 朝日新書 760円+税

もの言えぬ時代 戦争・アメリカ・共謀罪 (朝日新書)

内田樹(著)

朝日新聞出版
2017年10月13日 発売

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06.『京都で考えた』吉田篤弘 ミシマ社 1500円+税

京都で考えた

吉田篤弘(著)

ミシマ社
2017年10月20日 発売

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07.『りんごとけんだま』鈴木康広 ブロンズ新社 1400円+税

りんごとけんだま

鈴木康広(著)

ブロンズ新社
2017年10月19日 発売

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08.『こわいもの知らずの病理学講義』仲野徹 晶文社 1850円+税

こわいもの知らずの病理学講義

仲野徹(著)

晶文社
2017年9月19日 発売

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09.『犬から聞いた話をしよう』椎名誠 新潮社 1800円+税

犬から聞いた話をしよう

椎名 誠(著)

新潮社
2017年12月22日 発売

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10.『歌集 八十の夏』奥村晃作 六花書林 2500円+税  

八十の夏 (コスモス叢書)

奥村晃作(著)

六花書林
2017年9月11日 発売

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茄子になるのは快感?――本上まなみさんが今月買った10冊

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