「本当に怖かったし、もう思い出したくないですよ」
2016年のドラフト会議、明治大学の佐野は、同僚の柳裕也と星知弥ともに成り行きをドキドキしながら見守っていた。早々に柳が中日から1巡目指名され、星がヤクルトから2巡目で指名された。だがその後、佐野の名は一向に呼ばれることはなく時間は過ぎていった。
佐野は2年生からリーグ戦に出場し、3年秋、4年春には六大学のベストナインに選出されている。しかしライバルが多い左のスラッガーであること、そして定位置がファーストであることがドラフトにおいて不利に働いていた。明大の善波達也監督(当時)からは「厳しいかもしれないぞ」と事前に伝えられていたという。しかし幼いときからの夢だったプロ野球選手。諦めるわけにはいかなかった。
柳と星の指名が終わって1時間経っても佐野の名前は呼ばれない。球団によっては『選択終了』のアナウンスも出るようになった。
佐野は当時を振り返る。
「本当に人生で一番苦しくて長い時間でした。「選択終了」の画面が出るたび、何度も心を折られました。本当に怖かったし、もう思い出したくないですよ」
だが運命の分岐点、ベイスターズが佐野を9巡目で指名する。予定人数は終了していたが、代打の層に不安を持っていた高田繁ゼネラルマネージャー(当時)の鶴の一声で決まった指名だった。支配下登録選手の指名では全体で87人中84番目、セ・リーグでは最後のひとりであり、ギリギリのところで佐野のプロへの道は拓けた。
「嬉しさよりもホッとしたのが正直なところでした」
普通であればこの甘美な瞬間にしばらくは身を任せてもいいものだが、すぐさま佐野の心の奥底で悶々としたものが渦巻いた。
「喜びよりも悔しい思いが湧いてきたんですよ。同級生が1位と2位で指名が掛かったあとでしたからね。もちろん僕の評価が低いのは理解してはいましたけど、とにかく悔しい。これをどうにかしないなといけないなって」
佐野の反骨心に火がともる。下位指名とはいえプロはプロ、同じ土俵に上がるチャンスはできたわけであり、やれないことはない。元プロ野球選手で首位打者の経験がある伯父の佐々木誠からは入団前「1年目が大事だぞ」とアドバイスをもらい、佐野はその言葉を実践するようにキャンプからアピールし、同期の野手としてはただひとり、開幕一軍の切符を手に入れている。
以後、主に代打としてチームに貢献し、ついに4年目にレギュラーの座を射止め、首位打者になった。そして今やチームの大黒柱として、なくてはならない存在に成長した。
「もう一度、首位打者を獲りたいんですよ」
いつだか佐野に、なぜこれほどまでにキャリアアップすることができたのか、と訊いたことがある。稀代のバットマンは首をひねりしばし考え、ゆっくりと口を開いた。
「まずはどんなことであっても、やってみなければわからないということ。失敗することもあるけど、まず経験をして、それを次に生かすってことを考えますね。あとは……すごい負けず嫌いなんだと思います」
苦笑しながら佐野はつづける。
「下位で入団して、とにかく前だけ見て、上へ上へとがむしゃらな思いでここまできたんですよ。だから僕の性格や野球人生を考えると、下から上を目指す方が良かったのかもしれない」
若いときから心の中心にある思いって何ですか?
「うーん、“駆け上がる”とか“成り上がる”とか“下剋上”っすかねえ」
ロックな男ですねえと言うと、「いやいや」と、佐野はかぶりを振って笑った。
このドン底から頂点を目指す佐野のマインドは、“ベイスターズそのもの”といっても過言ではない。
心の奥底にマグマを抱えたキャプテンは、時に冷静に、時にはっちゃけてチームを引っ張っている。3年目の牧秀悟は「佐野さんは、まわりを巻き込むキャプテン。今まで見たことないタイプです」と感嘆する。チームが勝利すれば、ロッカーで自身の登場曲をガンガン流し、殊勲者を祭りあげ一緒になって半裸で踊りまくるのも、またロックである。
さて今シーズン、25年ぶりのリーグ優勝・日本一を目指すのは当然として、個人としての目標は何だろうか。
「もう一度、首位打者を獲りたいんですよ」
佐野はきっぱりと言った。このように具体的なタイトルを口にすることは今まではなかった。
「いや、そんなことは毎年思っているんですけど、変に意識してしまうのが嫌だったし、キャプテンだから個人成績とか言うのもアレかなって思っていて……。けど、自分にプレッシャーをかけるじゃないですけど、あえて今年は口にしてみようって」
与えられた場所で、目いっぱい花を咲かせてきた男が、あえて自分にテーマを掲げ挑む今シーズン。魔法の言葉“デスターシャ!”をチームに持ち込んだ張本人は、どれだけハマスタで歓喜を生み出せるのか。シーズンが終わったとき、やっぱりとんでもない人だなあ……と心の底から思わせてもらいたいものである。
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