「田口って、めちゃくちゃいいヤツなんだな」
田口麗斗には一度だけ会ったことがある。いや、「会った」というよりは、たまたま「同席した」といった方が正確かもしれない。2018年のある日のこと、女子プロ野球・埼玉アストライアの谷山莉奈と、この年読売ジャイアンツに復帰したばかりの上原浩治が対談することになった。その取材の際の出来事だった。
前年に女子プロ野球リーグにおいて最優秀防御率のタイトルに輝いた谷山と、かつて同タイトルを2度も獲得していた上原の顔合わせは、女子野球ファンにとってはとても魅力的なものだった。編集部としても力の入った企画であり、当の谷山も含めて、誰もが楽しみにしていた夢の対談となった。取材場所となった東京ドームで上原の到着を待っていると、なぜか現場に現れたのが、当時ジャイアンツに在籍していた田口だったのだ。
「おぉ、久しぶり! 元気だった?」
谷山を引率していたアストライアの男性スタッフに気さくに話しかける田口の表情には、はにかんだような笑顔が浮かんでいる。傍らに控える谷山、そして僕にも「こんにちは」とあいさつをした後も、田口はそのまま女子野球スタッフと談笑を続けて、部屋から立ち去る気配がない。不思議に思ったものの、その疑問はすぐに解決する。
話の内容からすると、田口とそのスタッフとは、学生時代の同級生であるようだった。久しぶりの再会で思い出話に花が咲いている。この日は、登板予定がなかったのだろう。試合前にもかかわらず実に和やかに、そして楽しそうに田口は話をしていた。「上原さんはまだ時間がかかるみたいだから、もう少し話そうよ」と彼は言った。プロ野球の世界で結果を残しながらも、決して偉ぶることなく、柔らかいオーラを放っているその姿を見ながら、「田口って、めちゃくちゃいいヤツなんだな」と好印象を持ったことが強く記憶に残っている。
かつて、伊藤智仁が大絶賛していた田口のスライダー
さて、話はその数カ月前にさかのぼる。17年の年の瀬のことだった。別の雑誌の取材で、同年オフに東京ヤクルトスワローズの一軍投手コーチを退任したばかりの伊藤智仁(現一軍投手コーチ)に取材をしたときのことだ。現役時代に「高速スライダー」を武器に大活躍した伊藤に、魔球である「スライダーの極意を聞く」という内容である。
スライダーのメカニズムを解説してもらった後に、「現役選手で、いいスライダーを投げる投手は誰ですか?」と質問を投げかけると、真っ先に飛び出したのが、当時ドジャースに在籍していたダルビッシュ有(現パドレス)で、さらに「NPBの選手では?」と質問を続けると、伊藤が口にしたのが田口の名前だった。
「ダルビッシュの他には巨人の田口麗斗のスライダーはなかなかいいですね。彼の場合は曲がり始めてからも力があるのがすばらしい。現役時代、僕のスライダーはしばしば《高速スライダー》と称されました。でも、実際のところはそれほど《高速》ではないんです。せいぜい135キロ程度でした……」
そして、「球速で言えば、本物の高速スライダーの使い手はダルビッシュでしょう」と続けた後に、さらにこんなことを口にした。
「……それでも、世間の人たちが僕のことを《高速》という印象を持っていたのは、曲がり始めてからの威力が落ちなかったからだと思います。そういう意味では田口のスライダーもまた、勢いの落ちない高速スライダーです」
現役の投手コーチとして、セ・リーグ各球団と対戦していた伊藤の口から、真っ先にライバル球団の投手である田口の名前が飛び出したのが印象的だった。それから数年が経過し、伊藤は21年から古巣に復帰。再び、ヤクルトの一軍投手コーチに復帰することになった。そして、この年の3月1日、廣岡大志との交換トレードによって、ヤクルトに入団してきたのが田口だった。期せずして、田口と伊藤は同じユニフォームを着ることになったのだ。