いやー、とんでもない人だな……。
ベイスターズには優秀な選手やスター性を持つ選手がたくさんいるが、とにかく畏敬の念を抱いて見てしまうのがキャプテンになって4年目の佐野恵太である。
「人生で一番怖い経験でしたね……」
こう言って佐野が振り返るのは、4月4日の本拠地開幕戦で披露された前代未聞の空中遊泳だ。オープニング・セレモニーでバックネット裏最上部・上空30メートルからワイヤーに吊られ150メートルの距離を佐野はゆっくりと舞った。球史に残るだろう現役選手によるド派手なセレモニー。きっと唖然とした人も多かっただろう。
じつは事前にこのビックリ仰天のセレモニーがあることを知り「マジやるんスか?」と、本人に訊いたことがあった。すると佐野はさらりと言うのだ。
「高いところ嫌いなんですけどねえ。まあでも、やって欲しいというのであれば、やりますよ。ファンの方々も喜んでくれるでしょうしね」
へっ、やっぱやるんだ!?と思ったが、その声のトーンたるや拒否感はほとんどゼロ。この「やりますよ」と、淡々と言ってのけてしまうのが、佐野の“凄み”の正体である。
終わってみれば期待に応えてしまっている佐野のレシーブ力の凄さ
振り返れば2020年、佐野は何の前触れもなくアレックス・ラミレス前監督から、4番打者とキャプテンに指名された。
そのころの佐野といえば、まだレギュラーを獲得できていない選手であり、ファンは「大丈夫なのか?」と思ったし、ましてや大キャプテンだった筒香嘉智のあとを継ぐということでプレッシャーは半端なかったはずだ。当時の佐野は「自分らしくやるだけです」と粛々と語っていたが、後年「自分でもどうしたらいいのかわからなかったスよ」と苦笑しながら告白している。
だがラミレス前監督の慧眼もあって、佐野は出場した全試合で4番を任され、打率.328をマークし初の首位打者を獲得。そして突如として始まったコロナ禍で揺れたチームを、キャプテンとしてしっかりまとめるに至っている。
元々ミート力に長けたセンスの高い選手であったが、試合に出場しつづけることで場数を踏み、バットマンとしての才能を開花させていった。
それにしたって、この終わってみれば期待に応えてしまっている佐野のレシーブ力の凄さ。大きなプレッシャーがあるなか、ともすれば選手として潰れてしまっていたかもしれない。
昨シーズンもその真価を発揮している。それまで3番を打っていたのに交流戦に入ると1番を任されたり、さらに定位置のレフトに加え3年ぶりにファーストの守備に試合途中から入るなど、その役割は多岐にわたった。
「最初は1番打者としてゲームにどう入ったらいいのかだったり、ファーストの守備も打者の見え方や対応も変わるので戸惑うことも多かったんですけど、試合をやるごとに慣れていきました。とにかく置かれた状況、環境で活躍しなきゃいけないって自分に言い聞かせて、一番いいプレーを心掛けましたね」
負担をものともせずそう淡々と言ってしまう佐野は、昨季、ケガで10試合欠場しながら最多安打のタイトルを獲得している。畏敬の念は増すばかりである。
なぜ佐野はこうも困難とおぼしき状況を跳ね返し、期待に応えてしまうのか。その要因のひとつに「ドラフト9位入団」という佐野という選手を表す事実が考えられる。