「ハビタット計画」の誘惑
一方、庵野監督が現代の「シン・仮面ライダー」で描こうとしたのは、「人間はどうすれば絶望を乗り越え、幸福になれるのか」という、石ノ森や三島の絶望を引き受けるかのようなテーマだった。本作でのショッカーは「Sustainable Happiness」、つまり「持続可能な幸福」を目指す組織であり、主人公の本郷猛、ヒロインの緑川ルリ子、そしてショッカーの「怪人」(作中では、人間と動物や節足動物を掛け合わせた強化人間=オーグメントと呼ばれる)たちまでもが「絶望をいかに克服し、幸福になるのか」という課題を背負っているのだ。
そして、ルリ子の兄であり「仮面ライダー第0号」を名乗るショッカー最強のオーグメント・緑川イチローは人間に絶望し、人々の魂を強制的に、肉体も死も理不尽もない魂だけの世界、お互いの心を完全に見通して理解しあえるユートピアへと送り込む「ハビタット計画」で、全人類を「幸福」へと導こうとする。
「ハビタット計画」が、「新世紀エヴァンゲリオン」における「人類補完計画」の変奏であることは明らかだ。絶望的な孤独の中にあった「エヴァ」の登場人物たちは、人類補完計画の発動によって「自分と他人の間の心の壁、体の壁」を失って液状に溶け出し、ついには人類全体が一つの生命として融合を果たそうとする。そこには孤立も争いも絶望もなく、すべての魂が終わりなき安らぎと幸福の中に包まれる――。
私たちは「他者や集団との完璧な一体化」への憧れと「不完全な個として、究極的には不可知の存在である他者や集団と向き合う」という現実の間で引き裂かれている。そのモチーフは、「シン・ゴジラ」や「シン・ウルトラマン」でも「個体として完全で、他者を必要としないゴジラ・ウルトラマン」と「群れて生きる不完全な存在である人類」との対比という形で描かれ、「シン・仮面ライダー」でも「ハビタット計画」という形で受け継がれている。
新たな「プラーナ」という概念
個であることの絶望から免れて幸福に至るには、人類補完計画のように、ハビタット計画のように、超国家主義のように、あるいは三島が憧れたように「自他の壁を溶かし、お互いがお互いにとって透明な存在へと一体化する」より他ないのだろうか。庵野監督が「シン・仮面ライダー」で紡ごうとしたのは、まさにこの問いに対する一つの答えだった。
庵野監督がこの作品で、オリジナル版「仮面ライダー」に新たに加えた要素が、「プラーナ」というSF的な概念だ。作中では「生命エネルギー」、ひいては「魂そのもの」というニュアンスで使われる。仮面ライダーや、クモ・オーグ、コウモリ・オーグらは、他の生命のプラーナを凝縮して自らの生体エネルギーに変換し、超人的な力を得ている。要するに、人々の魂を力の源としているのだ。そして、人間一人ひとりには固有の「プラーナの配列パターン」があり、そのパターンを保存することで、魂は死後も不滅の存在となりうる。庵野監督は「プラーナ」という概念を「シン・仮面ライダー」という作品の中核にすえることで、オリジナルの「仮面ライダー」の奥底に秘められていた「絶望した魂の物語」「魂の解放を目指す戦いの物語」というテーマを、幅広い観客に届くように顕在化したのだ。
池松壮亮が演じる「シン・仮面ライダー」の本郷猛も、孤独で絶望を抱えた若者だが、漫画版の本郷とは明確な違いがある。漫画版の本郷が完全に孤立した存在であり、ルリ子の思いも受け入れられないのに対して、「シン」版の本郷は、ルリ子の父親であり自らの肉体を改造した緑川博士から死に際に「ルリ子を頼む」と託され、ルリ子を守ると決意するのだ。
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太田啓之氏による論考「『シン・仮面ライダー』を解剖する」全文は、月刊「文藝春秋」2023年5月号(4月10日発売)に掲載されます。「文藝春秋 電子版」では発売より一足早く、4月1日(土)より全文を公開しています。
「シン・仮面ライダー」を解剖する
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