敵から身を守るためなのか、世間に認めてもらうためなのか。今日も女は、心身ともにさまざまな「甲冑(かっちゅう)」を着たり脱いだり大忙し――。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で大ブレイクしたジェーン・スーの最新エッセイが連載で登場! 収録されているエッセイ6本を5月28日の発売に先行してお披露目します。あなたが知らない間に着ているのは、どんな甲冑?

女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。

ジェーン・スー(著)

文藝春秋
2016年5月28日 発売

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 女の意思はときに、当人が意図する以上にはっきりと身体の部位に顕れます。特に前髪。前髪の形状は、顔や髪の長さと同様に当人の心持ちを代弁します。額(ひたい)を見せるか見せないか、軽く下ろすか、横に流すか。時代という客観と、意思という主観の掛け合わせが毛量となってクロスするスクランブル交差点、それが額。

 さまざまある前髪のなかでも、強固な意思(いや、むしろなにかを成し遂げんとする意志とでも言おうか)を感じさせるのがパッツンです。

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 地面に対し水平線を描くパッツン前髪には、いくつかのバリエーションがあります。幼子のように眉毛より上に短く切り揃えられていれば、私はそれを「紋切り型の色気を私に期待しないでくれ」というメッセージと受け取ります。それが若者世代であれば個性の簡易演出装置に見えますが、三十路を過ぎた女の前髪が短めパッツンだと「いつまでも子どもでいたい」と唱えるトイザらスキッズメンタリティーも同時に感じてしまう。四十路を越えた女の短めパッツンからは、中年世代に期待される立ち回り、たとえば大人の立ち振る舞いとか、和を以て貴しとなす価値観とか、若手に先を譲る行為など……を全力で拒絶する意思を感じます。納得がいかないときはすぐに顔に出しそうというかなんというか、四十路以上のパッツンからは「個」で生きていく決意を感じます。

 毛先が揃っていない重ためパッツンは、スタイリッシュな印象とともに、多少の不機嫌ヅラもサマになる貫禄を演出します。いま人気の海外アーティストでこの手のパッツンと言えば、テイラー・スウィフト。デビュー当初はスタイル抜群というより背高ノッポさんと呼んだ方がぴったりくる、よく言えば親しみやすい、意地悪く言えば野暮ったいビジュアルのカントリー歌手でしたが、元カレとは絶対絶対ヨリを戻さない! と強い意志を表明した曲で一躍ポップスターにのし上がってからは重ためパッツンに。もはやディーバの風格さえ漂わせています。

 額縁の直線を増やしてボブパッツンにすれば、モード系や生成り系と親和性が高くなる。これは首から下のスタイリングをかなり固定する髪型で、どちらにせよ男にも女にも近寄りがたい印象を与えます。私もトライしたことがありますが、肝心の首から下のスタイリングが追いつかず、クレラップガールズに伯母がいたらこんな感じだろうという大惨事でした。

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