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 私の場合、異性に軽口を叩かれ頬を膨らますような女に舌打ちし(本当はちょっとやってみたいのに!)、他者との差別化を図りたい自我(それは自信のなさの裏返しとして人を下に見る行為に繋がる!)に振り回され、結果的に自ら御し難いパッツン前髪を纏っていたわけですが、同時に「なぜ誰も軽口を叩いてくれないのだろうか……気の利いた返しをするのに……」などと悩んでいたわけですから、なーに非効率なことをやっていたんだと我ながら呆れかえります。こっちから開いていかなければ、向こうから入ってくることなんてないのです。気の利いた返しを聞かされたくて軽口を叩いてくる異性など、皆無でしょう。

 初めてのデートにパッツン黒ブチ眼鏡で登場したことを、最終的には友達関係になった男性から「あのとき『アート系サブカル女きたわー!』って思ったんだよね」と揶揄されたことがあります。好きな格好をしてるだけなのだから放っておいてくれとも思いましたが、そういう印象を持たれたかったわけでもないので凹みました。私はアートについてもサブカルについてもまるで知識がありません。しかし、ほかの女とはちょっと違うと思われたかったのは確か。つまり、姑息にも素の自分を見せずにアドバンテージを取ろうとしていたのです。そして、その作戦は見事失敗しました。

 ここまで読んで「私のパッツンには別に深い意味なんてないけど……みんなそうだし」というあなた、アラサーではありませんか? 深キョン、ちょっと前の石原さとみ、小嶋陽菜、ヨンア、神田沙也加。アラサー女たちは刷り込まれたかのように、甘め重ためのネオパッツンを纏います。「30近くになってもパッツンなんて若作り? と思ってたけど、最近の若い子の前髪は、みんな大きめのワンカール。むしろアラサーばっかりよ、この手のパッツンは!」とは、今年29歳になる友人の弁。確かに。奇しくも前髪で年齢を自称しているのがこの世代なのですね。恐ろしいほど雄弁だな、パッツンは。

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 だからってパッツンやめとけって話ではないですよ。自分の髪なんだから、好き放題やればいい。私だってまたパッツンを纏いたくなる日が来るかもしれない。ただし、意図せぬインフォメーションを他者に与える可能性があること、なんらかの不都合を隠しながら底上げした自分をプレゼンしようとしている可能性があることは肝に銘じておこうと思います。

ジェーン・スー

ジェーン・スー

東京生まれ、東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。音楽クリエイター集団agehaspringsでの作詞家としての活動に加え、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」でパーソナリティーを務める。著書に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ文庫)、『ジェーン・スー 相談は踊る』(ポプラ社)があり、『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。