この男は、どんな球でも打ち返してくれる。会話のラリーは、どこまでも軽快だ。
「ハムスターを飼っていました。名前は“ひまわり”」
「マンガが好きです。とくに『ダイヤのA』」
「ボウリングのベストスコアは276」
キャリアハイの8勝をマークしても、オールスターに出場しても、飾らない人柄は変わらない。昨シーズン、右足首骨折の怪我を負っても、表情は曇らない。むしろ、故障個所の状況を丁寧に説明してくれる。メディア内では「彼の取材が楽しみでしかたがない」という人も少なくない。キャリア15年のスポーツライター前原淳氏も「彼は野球への考えも深いですが、根っこには関西のお兄ちゃんのようなノリがあって、本筋から脱線することもしばしばです」と話す。
度々目撃されるチームメイトとの熱い「野球談議」
今シーズン、故障から復帰すると、開幕から先発ローテーションでフル回転を続ける床田寛樹である。
話し上手でユーモアもある。関西出身。なかなかに、笑いのツボも押さえてくれる。しかし、これは彼の一面に過ぎない。
「野球に対して、とんでもなく熱い」
チームメイトから、そんな声が聞こえてくる。
快速球が武器のリリーバー島内颯太郎は、チーム内での様子を語ってくれた。
「あんまり野球の話をするイメージはないかもしれませんが、違います。たくさん野球の話をしてくれます。かなり細かく、わかりやすく話してくれます。ロッカーでも、他の選手と野球の話をしている姿を見かけることが多いです」
先発ローテで好投の続く遠藤淳志も、床田の野球論の解像度の高さに舌を巻く。
「本当に野球の話もたくさんしてくれます。例えば、ボールが高めに浮く問題点を相談すると、下半身の使い方やタイミングのことまで細かく話してくれます。僕は、そうやって動きを言葉にするのが得意ではないので、分かりやすく説明できる床田さんは凄いと思います」
生来のコミュニケーション力もあるだろう。しかし、パフォーマンスの言語化に前向きなことには、何らかの「意図」があるようにも感じる。
発した言葉が感覚を取り戻すヒントになる
明るい性格や後輩への優しさは根底にある。一方で、やはり、解像度の高い「野球談議」には床田の狙いがあった。
「たしかに、人に聞かれたときに、言葉にできるように心がけています。そうすれば、自分が調子を落としたとき、感覚を取り戻すヒントになることがあります。矢崎(拓也)なんかは、そういう能力が高いです。自分も、具体的な言葉にできるようにと思います。選手によって考えが違うこともあるし、全てが同じにはなりませんが、ひとつひとつの言葉が自分のひきだしにもなります」
取材であっても、床田の説明は極めて具体的である。一例として、昨シーズン好投が続いたときの会話がメモに残っている。
「腕を振るときに、どこに力を入れるか。そういう感覚で学んだことはあります。お腹のあたりに力が入ることで、投球が安定するようになりました」
「僕は左の股関節が硬いです。その方が出力につながることもありますが、故障のリスクも生じますから、硬くなりすぎないようにしています」
パフォーマンスの再現性の難しさは、多くの選手が直面するテーマである。そのために、反復練習で理想の動きを体にしみこませていく。ただ、長いシーズン、そのパフォーマンスが再現できない時期がやってくる。そんなとき、発した言葉が感覚を取り戻すヒントになるのだという。
多くの技術職がそうであるかもしれない。新人研修の講師役が、指導を通じて自分の技量を高めるのは、他の職種でも見られる光景である。