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ロシアは本気を出していない

 小泉 ところで、この対談で高橋さんに聞いてみたかったことがあるんです。ズバリ、ロシア軍の大攻勢はすでに始まっているとお考えでしょうか。

 高橋 それはグッド・クエスチョンですね。

 小泉 1月から3月までの時期に、ロシア軍が大規模な攻勢をかけるはずだということは、これまで様々な専門家が指摘してきました。イギリスの国防省は「1月25日に開始された」と判断しましたが、もう1カ月半は経っている。最初の段階は威力偵察や陽動であると考えても、そろそろ“本番”が始まってもおかしくない。

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 今起こっている事態は威力偵察や陽動に過ぎないのか、それともロシア軍が全力を出して“これ”なのか。年明けからずっとモヤモヤが続いているんですよね。答えがどちらになるかによって、今後の戦況も大きく左右されるので、その点を高橋さんと議論したいと思います。

 高橋 ロシア軍が本格的な攻勢を開始しているのかどうかは、僕もずっと謎でした。現状、ドンバス地方で激戦地となっているのは、ウフレダル、クレミンナ、クピャンスク、バフムトの4カ所だと見られていますが、どの正面でも大きく前進できているわけではない。

 一方、ロシアは昨年9月に部分動員令をかけ、約30万人の予備役を招集しています。うち10〜15万人ほどは、まだ戦地に投入されていないと見られますが、それらの予備兵力が現れた気配もない。戦術航空機の大規模な投入も行われていない。

 ……となると、春季大攻勢の本番は、まだ始まっていないのではないかという気がします。

 小泉 普通はそう考えるべきなんです。だけど、こんなにダラダラやっていてはウクライナ軍の守りも固まるばかり。加えて、春になって気温が上昇し、地面の泥濘化が進んできています。ここから大規模な突破を図ろうとしても、ロシア軍にとって不利な要素が多いです。

 泥濘期が終わって、地面が固まり出すのは5月頃。そこまで待たずに本番を仕掛けるのか、5月まで現状維持を続けて、練りに練った予備兵力を投入してくるのか……。しかし、あまり時間をかけすぎても、西側からの戦車がウクライナに入ってきてしまう。ロシア側がどこまできちんと先のことを考えているのか、謎は深まるばかりです。

(本稿は2023年3月14日に「文藝春秋 電子版」で配信したオンライン番組をもとに記事化したものです)

東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏と、防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏による「ウクライナ戦争『超精密解説』」の全文は、月刊「文藝春秋」2023年5月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。