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当時はよく泣いて「めんどくさっ」て言われてた

ーー「ゴーオンジャー」が終わると、再びグラビアの仕事が増えていきましたか?

 グラビアとドラマが多かったですね。あとは映画や舞台といろいろやらせてもらいました。 女優さん以外のお仕事も増えてきて、音楽番組「ミュージャック」のMCをしたり、一番いろいろやっていた時期かもしれないです。

©平松市聖/文藝春秋

 バラエティー番組は苦手でした。ある程度有名な番組には出させてもらいましたけど、全然うまくできなかった記憶があります。一方で、お芝居もまだ楽しんでできるレベルにはなくて。自分に何が合うか方向性を見失って、どんどん殻に閉じこもってっちゃった時期でした。

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ーーオフの時間はどう過ごしていたんですか? 引きこもってる?

 

その頃からお酒を覚え始めて。仲の良いヘアメイクさんと飲みに行ってお酒を教えてもらいました。複数人での飲み会や音がうるさいところが苦手で、21、22歳くらいから一人で飲みに行き始めました。

当時は下北沢に行きつけのお店があって、仕事終わりに車でそこで降ろしてもらって、カウンターで1人、日本酒2合ぐらい飲んで、ご飯食べて帰ってました。それしか生き抜きがなかったんだと思います。1人になりたかったけど、家で1人は寂しいから人がいる空間で1人でいるっていう。

当時はヘアメイクさんと飲みに行っても、よく泣いて「めんどくさっ(笑)」て言われてました(苦笑)。 20代前半はちょっと不安定というか、自分がこうしたいというものもまだ見つけられていなくて。お芝居だったり、いろんなことをやりすぎて、完全に自分を見失ってました。

©平松市聖/文藝春秋

ーー芝居を本格的に仕事にしたいと考えたのはいつ頃だったんですか。

 本当にやりたいと思ったのは、 グラビアを辞める直前、27歳ぐらいです。25歳ぐらいからやりたいとは思っていたけど、なかなか口に出せなかった。世間から見られてる私のイメージと、実際にやりたいことにギャップがありすぎちゃって。

 その頃からグラビアアイドルと言われるのが嫌になっていきました。

 演技の仕事が来ても水着になるのがありきで、ドラマで水泳選手として水着になった記憶もあります。当時はキャバ嬢が大人気で、キャバ嬢を題材にした作品も多かったんですよ。私も2回ぐらいやりましたけど、 その時も露出ありきで、女優さんとして扱ってもらえてないなと感じていて。お芝居をやりたいのに中途半端だったので、だったらグラビアをやめようとなったんです。