安倍晋三は「ネアカ」?
與那覇 むしろ親しい記者さんが聞き手でよかったと思うのは、良くも悪くも安倍さんの喋りが素のままで、キャラを作っていない。「歴代最長総理の回顧録にふさわしく、重厚な歴史の証言を残すぞ」といった気負いを感じないんですよね。
浜崎 そうなんです。文芸批評家の直感で言わせてもらうと(笑)、この回顧録には、確かに言い訳が出て来るんですが、それも真正面からの言い訳なんですね。主観的ではあるものの、安倍さんが「何かを隠している」という印象はないんです。
與那覇 たとえば2020年、コロナ禍でステイホームを訴えた星野源さんとのコラボ動画は当時不評で、大炎上しました。しかし、本書での安倍さんの言い分はこう。
「悪評も評判のうちで、再生回数はすぐさま100万回を突破しました。批判した人たちには、それだけの再生回数の動画をあなたは撮れるんですか、と言ってやりたいと思ったぐらいです」(48頁)
浜崎 ここは、まさに安倍さんの性格がそのまま出てますね(笑)。
與那覇 子供の喧嘩かと思ってしまうけど、でも総理の頃から実際こういう感じでした。むしろそうした人が最長の政権を担えた時代とは何だったのかを、考えてみたくなる。
浜崎 開き直りというか、自慢のように読める箇所もたくさんあるんですが、とにかく屈託がない。この回顧録の大きな特徴は、ある種の明るさなんですよ。育ちの良さと言い換えてもいいのかもしれませんが。
與那覇 これ、明るいですか?
浜崎 たとえば、森友問題が国会で取り沙汰されるなか、記者へのセクハラで更迭された福田淳一財務省事務次官がいたでしょう。安倍さんは、その福田事務次官を取り上げて「財務官僚はまじめで暗い人も多いのだけれど、彼は違いました。私は嫌いではありませんでした」(287頁)と言ってしまうんです。
與那覇 なるほど。逆に言えば自分の内面を表に晒さず、本音がわからない「陰キャ」が嫌い(笑)。
浜崎 回顧録の安倍さんは、とにかくネアカで前向きなんです。
與那覇 外交面の回想でも、開けっぴろげで「苦悩」がにじまない。
浜崎 クセが強い海外の要人でも、会って話をすれば分かり合えるだろうと飽くまでも楽観的ですよね。2016年の米国大統領選挙のときも、外務省の予想に囚われずトランプに会おうとしているし、フィリピンのドゥテルテに対しても「ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)はないけれども、ある種の『核心』を突いている」(203頁)として人間的な理解を示している。どんな難物が相手でも「先入観を持たないことが大切」と、とりあえず会って話そうとするんですね。
與那覇 最大の見せ場は2014年、ロシアがクリミアを併合した後のG7会合でしょう。この時の欧州はプーチンに宥和的で、米国が唱える制裁に乗り気でなかった。難しい局面ですが、安倍さんはいかにも日本的な「言いたいことを全部言いあった後で、落としどころを探る」やり方のままで出ていっちゃう。
当時の「オランド仏大統領らがオバマの提案に慎重な考えを述べた後に、メルケルが私に発言を促すので、『G7が決裂したら終わりだ。相違点を議論するのはやめよう。とりあえずロシアを非難する声明を出して、制裁の議論は今後、各国の事務レベルに任せたらいいじゃないか』と言ったのです」(144頁)
で、この「なあなあ」の日本流が意外に機能しちゃうんですよね。
浜崎 そして、イタリアのレンツィ首相とハイタッチをする(笑)。「世界第3位の経済力を誇る日本が、ちまっとしている必要はない」(322頁)という言葉もありますが、こういうところは恐れを知らぬ日本人という感じがします。