「安倍政権がこてーんと転ぶ」
17年6月、森友問題が過熱する中、私は四谷の「ホテルニューオータニ」で、大阪府知事の松井一郎や市長の吉村洋文、大阪維新の会の議員らを取材していた。
「安倍さん、大変やなぁ。野党が束になって飛び掛かってもビクともせんかった安倍政権が、大阪の1人のおっさんで、こてーんと転びかねない状況だね」
煙草の煙を燻らしながら、松井はこう口にした。そばにいた吉村は「ただ、籠池に違法な行為があるならば、それを看過するわけにはいきませんね」と呟いていた。その後、大阪市は、森友学園が幼稚園への補助金を不正に受給した詐欺容疑で籠池を刑事告訴している。
この時の吉村の冷静な話しぶりと実行力には驚いたが、むしろ私の印象に残っているのは松井の発言の方だった。マスコミだけではなく、安倍を支持する政治家もまた、森友問題が政権を「転びかねない」苦境に追いやると見ていたのだ。
しかし、安倍は頑なな姿勢を取り続けていた。2月17日の予算委員会の場では、熱烈な安倍の支持者だった籠池のことを「教育に対する熱意は素晴らしい」と評価していたのが一転。わずか1週間後に安倍は「教育者としてはいかがなものか」「非常にしつこい」と突き放す答弁をしている。この発言が籠池の恨みを買い、国有地売却をめぐる昭恵や財務省との関係の暴露へと駆り立てたとも指摘されている。
また、同年7月1日の東京都議選の際には、秋葉原で安倍が応援演説をしていたところ、聴衆から猛烈な「安倍やめろ」コールが巻き起こった。その人だかりの中心には上京した籠池もいた。演説を妨害された安倍は、堪忍袋の緒が切れ、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と色をなして反論したのだった。
すべての国民にとっての総理大臣が、疑惑の人物とはいえ、籠池を「しつこい」と切り捨て、一部の聴衆に向かって「こんな人たち」と呼びつける。明らかに安倍が掲げていたリーダー像とかけ離れた言動だった。真意が伝わらないもどかしさがあったとは言え、安倍には「驕り」が芽生えていたのではないか。それこそが、私が安倍に抱いた最大の懸念であり、森友問題の本質だったと考えている。ただ、この頃は安倍に電話で指摘をしようにも、森友問題の話題に差し掛かると「ああ、分かっている」「もう説明したから」と切られてしまうことが多かった。
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ジャーナリスト・岩田明子氏による「安倍晋三秘録 第8回 モリ・カケ・桜」全文は、「文藝春秋」2023年5月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
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