「総理大臣も国会議員も辞める」答弁の裏にあったのは――。ジャーナリスト・岩田明子氏による人気連載「安倍晋三秘録 第8回 モリ・カケ・桜」(「文藝春秋」2023年5月号)の一部を転載します。

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物議を醸した「森友問題」への発言

 今年2月に発売された『安倍晋三 回顧録』が話題になっている。安倍が、幹事長就任から第二次政権退陣までの約20年間を網羅的に語っているため、私自身、読みながら過去に取材した場面がいくつも脳裏に蘇った。

 中でも印象的だったのは安倍の声を傍で聴いているかのように、喋り口調が生々しく収録されていることだ。小池百合子を「彼女は、自分がジョーカーだということを認識している」と評し、トランプについて「根がビジネスマンですから、お金がかかることには慎重でした」などと発言する箇所は、いかにも安倍らしい物言いだと思った。取材や会食の場を盛り上げるために安倍はよく冗談を言い、サービストークを披露した。今回の回顧録にもそうした発言が随所にあり、懐かしさを感じた。

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安倍氏主宰の「桜を見る会」の一コマ ©時事通信社

 だが、一方で物議を醸した箇所も見られた。とりわけ「安倍政権を倒そうとした財務省との暗闘」と題した項目での〈私は密かに疑っているのですが、森友学園の国有地売却問題は、私の足を掬うための財務省の策略の可能性がゼロではない〉という発言には批判が巻き起こった。世間では「財務省への責任転嫁だ」「権力者の妄想だ」などの声も上がっている。

 2017年に起きた、大阪市の森友学園への国有地売却問題に端を発する「森友問題」は、同年の獣医学部新設を巡る「加計学園問題」と共に、「モリカケ」問題として安倍政権の最大の“スキャンダル”とされた。

 とくに森友問題では国有地の払い下げをめぐる約8億円もの大幅な値引き額や、学園理事長の籠池泰典の特異な言動がマスコミの注目を集めた。また、財務省の公文書改竄や、近畿財務局職員の自殺など、深刻な事案が次々と発覚したことで、今も記憶している人は多いだろう。

 私自身も安倍政権の危機と捉えていたが、よく指摘される問題点とは微妙に異なった見方をしている。以下に綴っていくが、それは20年以上、安倍を直接取材してきたからこそ抱いた考えだったと言えよう。

 この頃の取材メモを読み返すと、実は安倍が森友問題について、あまり多く語っていなかったことが分かる。政権を揺るがす大事件としてマスコミの報道が過熱する一方で、安倍本人はどこか冷静で、あまり動揺する素振りを見せなかった。妻の昭恵が、森友学園の小学校の名誉校長に就任していた事実が明らかになった際も、「妻は私人だから」と言うばかりだった。