耐震偽装問題での体験
「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員も辞める」
2月17日の衆院予算委員会の場で安倍はこう答弁している。民進党の福島伸享が質問に立ち、昭恵が名誉校長に就任したことや、当初は籠池が「安倍晋三記念小学校」の名前を付けて寄付金を募っていた事実を問うた時のことだ。
全国にテレビ中継される中で「総理や議員も辞める」とまで踏み込んだ発言は、瞬く間に波紋を呼んだ。以降、この発言は安倍の責任を問う場面で幾度となく報じられることとなる。
後に財務省による森友学園との交渉記録の改竄が発覚した際、この発言をした安倍への“忖度”が財務省職員を突き動かしたと指摘された。記録の中で、昭恵や政治家の名前が出てくる箇所が削除されていたからだ。この答弁で森友問題は一気に政治問題化し、野党は勢いづいた。安倍は自分で自分の首を絞める事態に陥ったのだ。
当時、私はすぐさま安倍を取材して真意を問うている。
「なぜ、あのような答弁に踏み切ったのですか。歴代総理を見ても、鉄壁の答弁をするか、そうでなければ、『わからないので調べます』とかわすかのどちらかでした。総理自らが退路を断ち、選択肢を狭めるような答弁をするのは異例ですし、迂闊にも感じます」
すると安倍はピシャリと私を制止する調子でこう言い放った。
「私は国有地払下げには何も関わっていない。だから、はっきりさせておかないと」
安倍は自信に満ち溢れていたが、その答えを聞いても、私は腑に落ちなかった。だが、後に安倍は「実は過去に成功体験があった」と、この答弁の背景を語っている。
遡ること、10年ほど前の2006年1月。世間は「耐震偽装問題」で揺れていた。姉歯秀次一級建築士による偽装で、強度不足のまま建設されたマンションやホテルが100件近く見つかった事件だ。姉歯を含めて建設会社や不動産会社の社長など、8人が建設業法違反などの罪で逮捕された。また、耐震偽装を知りながらマンションを販売したヒューザー社長の小嶋進にも注目が集まった。
当時、小嶋が、官房長官だった安倍の政策秘書に面会し、この問題の対応策を国土交通省に依頼するよう相談したとの噂が出回った。小嶋自身も同年1月の証人喚問の場でこの話を認める証言をしたため、安倍は野党から追及される身となった。
安倍はすぐさま翌日の会見で「憶測されること自体、極めて心外で迷惑な話だ。小嶋社長またヒューザー社と私は一切関係がない。国交省への働きかけはしていない」と疑惑を否定。さらには地元の会合でも「一点の曇りもない」と述べた。衆院予算委員会の答弁でも「すごくふくらまして私と(小嶋が)特別な関係にあるように言うのは偽装と言いたい」と強い口調で抗弁している。
完全否定を続けることで、次第に野党の追及の手も止まり、小嶋の証人喚問から1カ月が経つ頃には、疑惑は話題にも上らなくなっていた。むろん「小嶋と一切関係がない」との発言は安倍の真意だろう。ただ、それ以上に、強固に否定すれば、あらぬ疑惑は斥けられる――この時の答弁が、ある種の成功体験として安倍の脳裏に刻まれたのだった。
だが、当時とは状況も違えば、立場も異なる。自身の進退を懸けてまで疑惑を否定する言動は、果たして一国の総理にふさわしいのか。私の中では疑問が燻り続けた。