世界が変わった2001年9月11日――アメリカ同時多発テロ事件が起きたとき、実は坂本龍一さんもニューヨークに滞在していました。坂本さんが「新しいもの、本物の恐怖との遭遇でした」と振り返る「9・11の衝撃」とは? 今年3月に亡くなった坂本龍一さんの自伝『音楽は自由にする』より一部抜粋してお届けします。(全2回の2回目/前編を読む)

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心洗われる時間

 21世紀の最初の年、2001年は、とても充実した形で始まりました。1月にはリオのジョビンの家で『CASA』を録音し、春には大勢のミュージシャンと一緒に「ゼロ・ランドマイン」という地雷廃絶運動のイベントをやりました。8月には、ジョビンと交流の深かった人たちと一緒に、日本で『CASA』のツアーをやった。

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 何かとても美しい、心が洗われるような、と言ってもいいような時間を過ごしていたんです。とても楽しくて、いい体験をしたなと思ってニューヨークに帰ってきたら、あの事件が起こった。その落差は、あまりにも激しかった。

今年3月に亡くなった坂本龍一さん。彼が2001年9月11日のニューヨークで見たものとは ©getty

 直前までは晴れやかな気持ちで、はっきりとはわからないけれど、なんとなくこのまま、地球とか世界が、もしかしたら良くなっていくのかもしれない、という感覚さえあった。『LIFE』に託したような願いが、叶えられるかもしれない気配を感じた。20世紀の残した負の遺産をみんなで取り除いて、少しは良い時代を迎えられるのかも知れないと。

 9月11日の朝9時前、ぼくはニューヨークの自宅にいて、そろそろ朝ごはんにしようと思っていたところでした。

世界が変わった日

 そこへ、いつもうちに来てくれていたお手伝いさんが、泣きながら駆け込んで来たんです。どうしたのかと訊いてみると、ワールド・トレード・センターが燃えている、友達がそこで働いていて、さっきから何度も電話しているんだけどつながらない、と言ってうろたえているんです。びっくりしてすぐにテレビをつけると、ビルが燃えている様子が映っている。事故かな、何だろう、と話していたら、2機目の飛行機が突っ込んで来た。もうそのころには、世界中のみんなが同じ映像を見ていたと思います。

 これはもう全く事故ではないと知って、ぼくは慌ててカメラを摑んで、七番街に出て行って写真を撮りました。ふだんは、特に熱心に写真を撮っているわけではないんです。上手くもないし。でもそのときは気がついたら写真を撮っていた。それは、たまたまそこに居合わせた人間の義務として、写真を撮っておかなければいけない、と思った。

撮影:坂本龍一

 とにかく経験したことのないことが起こっている、という恐怖感がありました。やがて徐々に情報が整理されて、タリバンやアルカイダのことが報じられ、アフガン攻撃が始まり、さらにはイラク戦争が起こって、という段になれば、本当の真相はわからないにしても、理解できないことに耐えられないから、自分として思い描ける限りの可能な筋書きや解釈を、いろんな人が試みることになります。

 たとえば「テロとの戦い」というのもその1ヴァージョンです。でもテロが起きたときにはそうではなかった。それまで知らなかった、味わったことのなかった恐怖を感じました。新しいもの、本物の恐怖との遭遇でした。