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“DJ亀渕”が教えてくれる「肩書で生きない第二の人生」

「週刊文春」2月22日号 最新レビュー

2018/02/17

「もの」ではなく「数字」だけを作ると……

 そういえば「電波少年」のT部長こと土屋敏男は、「メルマ旬報」2017年1月20日号掲載のコラムのなかで、こんなことを書いている。広告型BSチャンネルが誕生から20年以上が経っていながら、どの局からもヒット番組がただの1つも出てこないのはなぜか。

《最初に「何年目で黒字になる」という計画書を作ってしまい、それをきちんと守った優秀なビジネスマン作り手たちしかいなかったからではないだろうかと思った。予算を遵守する能力のある奴に面白い番組は作れない! と言ったら間違いなく昨今の社会の中ではぶっ飛ばされるだろうが。》 

土屋敏男 ©文藝春秋

 亀渕は中島みゆきをオールナイトニッポンのパーソナリティーとして起用するなどした。こうした人選の基準は自分が面白いかどうかだという。そういえば上述のコラムで土屋はDeNAのWELQ問題についてPVなどの指標を上げることだけ考え、「儲けという数字だけを遵守して法令とコンテンツを作る人の心を無視した結果がああなった」と書く。いまのご時世、タレントの価値さえツイッターのフォロワー数で見たりするが、これも作るひとの面白いと思う心を無視することだろうか。

「定年後」と「本人が生きてきた時間」

 ニッポン放送といえばオールナイトニッポンである。この阿川佐和子との対談にはこの番組の興味深い話が紹介されている。今年で51年目となるが、亀渕はそれほど続く要因のひとつとして、テーマソング(Bitter Sweet Samba)を変えなかったことをあげるほか、ダメになる番組の共通項としてスタッフや見学者といった「人が寄ってこなくなる」ことだと述べる。

オールナイトニッポンの進行表 ©文藝春秋

 またラジオ局の視点から、かのメリー喜多川を賞賛する。「(初代 引用者注)ジャニーズやフォーリーブスの頃から、最初はタレントに必ずラジオ番組を持たせるんです。それでお喋りのレベルを高めたところでテレビに出させる」。事務所は違うが山口百恵も松田聖子もデビューしてすぐにニッポン放送で番組をもっていたという。 

 そのほか、深夜放送の魅力とはなにか? そもそもラジオとはなにか? など興趣が尽きない対談となっている。さすが元オールナイトニッポンのパーソナリティー、現役「DJ」である。

2005年4月18日 フジ・ライブドアの和解会見。左から亀渕昭信ニッポン放送社長、堀江貴文ライブドア社長、日枝久フジテレビ会長、村上光一フジテレビ社長(全員当時の肩書)

 この対談に続く記事「『定年後』を10倍楽しむ方法」によると、長年企業などで生きた結果、第二の人生をどう生きればいいのかと悩むひとが多いという。ベストセラー『定年後』の著者・楠木新は、その答えは「本人が生きてきた時間の中にある場合が多い」と述べる。

 音楽好きの青年が上場企業の社長にまでなりながらも、「元社長」などと名乗ることなく、好きな音楽、ラジオで今を生きる亀渕の姿にその答えを見る思いだ。

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