1ページ目から読む
3/4ページ目

年齢を考えたら、最後の子供にしておくべきじゃないのか

 先生が去った直後に「二人目、考えてたの?」「うん、まぁ……」みたいな会話をしたが、それ以上は妊孕性温存に触れることはなかった。妻は病院に残り、俺は自宅へ。息子の食事、着替え、排泄処理、保育園の送迎、入浴、寝かしつけをして、その合間に洗濯、掃除、買い物、仕事をする。

 そんな一日を終えてから、妻の身を案じてウォンウォン号泣し、「第二子ほしかったのか……ぜんぜん知らなかった」と予期せぬ形で表出した夫婦のすれ違いに悶々とし、「未来の子どもよりも、目の前の大腸がんでしょうが!」と軽く苛立ちもしながら、妻の帰りを待っていた。

 俺と妻は、子どもを切望していたわけではなかった。お互いに子どもをもうける年齢的なリミットがギリギリだったこともあって一緒に検査を受けてみたら、妻に排卵障害が見つかった。そこで「放っておくのもなんだし……」と不妊治療を始め、1度目の人工授精で妊娠して産まれたのが息子だ。

ADVERTISEMENT

 今思えば、なんだかんだ検査を受け、治療し、人工授精までしているのだから、どこかで子どもが欲しかったのだろう。だが、息子の誕生時に俺は44歳。年齢を考えたら、最初で最後の子どもにしておくべきじゃないのか。

出産後の妻と息子。体調が優れない日が続いたが、産後の肥立ちが悪いのだと、妻も自分も信じて疑わなかった

 仮に妊孕性を温存しても、妊娠が許されるのは5年後に寛解したと診断されてから。その時、妻は40歳で俺は50歳。どう考えたって、いずれは経済的にも体力的にもしんどくなってくるだろう。

 それに寛解は完治ではなく、あくまでがんの症状が見受けられなくなった状態なだけ。寛解の診断が出た翌日に再発転移するかもしれないし、年齢的なことを考えれば今度は俺がなにかしらの病気になる可能性が高くなる。さらに言えば、妻の大腸がんが遺伝性のものだったら……とも考えてしまった。もっと言ってしまえば、離婚している可能性だってある。妻もそう考えているものとばかり思っていたのだが。

「しかし、がんになったら卵子や精子のことも心配しなきゃいけないのか」と考えた瞬間、ハッとなった。たとえば自分が精巣の機能が失われますと告げられても、残せる可能性があると知ったらどうするのか。

 いまさら精巣を使う機会などないかもしれないが、男として残しておきたいものなのでは。妻も子どもを授かる授からない以前に、女性としての機能や証みたいなものが消えていくのが我慢ならないのではないか……。