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蔓延する「驕りと慢心」

 だが、支持率上昇は驕りと慢心という病をも招き寄せる。首相官邸も緩んでいた。官房長官の松野博一、官房副長官の木原誠二は襲撃事件を受け、当日昼頃に官邸に顔を出したが、すぐに「あとは谷が対応しますから」と引き上げてしまった。ところが、国家公安委員長の谷公一は高知県黒潮町に視察に出かけており、政府中枢はがら空き状態だった。

 驕りは官邸官僚にも広がる。「異次元の少子化対策」では、首席秘書官の嶋田隆らが事前の調整もなく指令を下ろしてきたことで、財務省をはじめ霞が関との間もぎくしゃくする。

 選挙戦ではリスクをとったつもりの岸田ではあるが、こうした驕りと慢心こそ、最も重大なリスクとなる。政権の驕りと慢心を察知した世間の風は、確実に票となって跳ね返ってくる。

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 5補選には4勝したものの、衆院千葉5区、山口2区、参院大分選挙区はいずれも辛勝だった。千葉5区では、野党候補の乱立に救われたかたちだった。山口2区では安倍の実弟で元防衛相の岸信夫から長男・信千世への世襲を認めたが、浮き世離れした家系図の公開が反発を招き、野党系候補の猛追を許した。敗れた衆院和歌山1区では、この選挙区で4連敗中の元職を擁立した隙を日本維新の会に衝かれている。

岸信千世氏 ©文藝春秋

 いずれも、ひとつ間違えば4敗になっていてもおかしくない薄氷の勝利だった。野党側の候補者調整能力の欠如に加え、岸田を狙った爆発物事件による想定外の支持率上昇に救われたにすぎない。

悩ましいのは解散よりも「総裁選」

 ただ、薄氷の勝利であっても、勝てば官軍との解散風はくすぶり続ける。

 自民党は小選挙区定数の10増10減に伴い、新たに決める15都県、134の支部長のうち、すでに114人を決定済みだ。森山は解散・総選挙に「いつでも対応できます」と岸田に報告している。2008~09年の首相在任中に解散の先延ばしを重ね、野党に転落したことを今も悔やむ副総裁の麻生太郎も「このチャンスを逃すな。早くやれ」と岸田に発破をかける。

 最も早い解散の皮算用はこうだ。

 岸田は5月19~21日に被爆地・広島でG7サミットを主催する。仲良しクラブのサミットが決裂することはない。核兵器を保有する米英仏の首脳を岸田が自ら広島平和記念資料館に案内するだけで、成功だとアピールできる。

 余勢を駆って6月21日までの今国会の会期中に衆院を解散すれば、よほどのことがない限り、負けるわけがない。野党側の候補者擁立は遅れている。立憲民主党や維新は主導権争いに明け暮れ、統一候補の擁立も進むまい。防衛増税や少子化対策に伴う国民負担増の具体策には踏み込まず、先送りすればいい。

 だが、岸田がサミット後に解散に打って出て、初夏の衆院選に勝利したとしても、来年9月の総裁選での再選は保証されない。政界の一寸先が闇なら、1年以上先は漆黒の闇だ。総裁選の時点で内閣支持率が再び低迷し、今は見当たらない有力な対抗馬が突如として党内に浮上してくる可能性もある。

 そもそも年内に解散するなら、その前に防衛増税の時期、少子化対策の財源を示さないわけにいかない。「防衛力の抜本的強化」「異次元の少子化対策」を自ら言い出した手前、後には引けない。国民負担増を決めた直後に、その是非を争点にして勝てるのか。野党に政権を奪われることはないにせよ、単独過半数を割り込めば、党内から総裁一期目の半ばで退陣を迫られないか。

 党関係者は「岸田は重鎮に従って早期に解散すべきか、欲をかいて先延ばしすべきか悩んでいる」と明かす。岸田に近い中堅議員も「総理が最重視するのは総裁選だ。来年の通常国会後に解散・総選挙で勝利し、総裁選を迎えるのが王道だ」と話す。

月刊「文藝春秋」の名物政治コラム「赤坂太郎」全文は、「文藝春秋」2023年6月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されている。

文藝春秋

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岸田が描く「総裁再選」のウルトラC