ついていけなかった「時代の変化」
そんな彼女も、体調不良のため2001年2月より約1年間、活動を休止する。そこには音楽シーンの変化も影響していたという。90年代後半になると、安室奈美恵や浜崎あゆみなどのアップテンポのナンバーがヒットチャートをにぎわした。そのなかにあって、それまで8ビートのロックで魅力を発揮してきた坂井は、16ビートになかなかついていけなかったというのだ。
前出の2001年のインタビューで彼女は、《私はPioneerであり続けたいと思っています。何においても少しずつ新しいことに挑戦していきたいんです》と語っていたが、それも時代の流れについていこうというあがきの表れだったのだろうか。
それでも坂井は2002年5月に復帰すると、2004年には初のライブツアーを敢行、当初3公演の予定が11公演に増え、体調もけっして万全とはいえなかったものの、見事やり遂げた。その後も新境地を拓いていく。2005年公開の劇場版アニメ『名探偵コナン 水平線上の陰謀(ストラテジー)』の主題歌「夏を待つセイル(帆)のように」の制作時には、童謡「森のくまさん」みたいなアレンジにしてほしいと提案するなど、子供が楽しめる曲になるよう心がけた。
40歳の若さで急逝
2006年5月には42thシングル「ハートに火をつけて」をリリースするが、残念ながらこれが生前に彼女が発表した最後のシングルとなる。同曲のMVを撮影した日の深夜、彼女は子宮頸がんのため入院。闘病中も歌詞を書き続けていたが、翌2007年5月27日、入院先の病院内での不慮の事故により、40歳の若さで急逝する。
あれからまもなく16年が経とうとしている。この間にも災害やパンデミックが起こるたび、坂井の歌う「負けないで」が人々を勇気づけてきた。「揺れる想い」もまた、2019年に再びポカリスエットのCMで、母娘に扮した吉田羊と鈴木梨央によるカバーという形で使われるなど、ZARDのもうひとつの代表曲という地位に揺るぎはない。
ZARDのMVは、あらかじめテーマを設けたりはせず、坂井の自然な姿を長時間撮ったうえ、そこからベストシーンを選び、合間を海や青空の映像でつなぎながら構成された。撮影現場でスタッフは作品性を一切意識しなかったが、そのなかで唯一共有していたのが「坂井さんのカラーは青」ということであったという(『永遠』)。ポカリスエットの色から「青」を「揺れる想い」の歌詞に入れた坂井だが、彼女自身のイメージカラーが青だったのだ。そのせいか、青く澄んだ夏空のもとではいまなお、坂井の歌声がより私たちの心に染みわたる。