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 そういうこともあって、どうしても「コロナをどう考えるべきか」は悩みました。「キャラクターにマスクをさせるべきか」「消毒液を置くべきか」といったところは、制作中にスタッフたちとかなり話し合いました。「公開の頃にはコロナもある程度は収まってくるのではないか」「ある程度は収まっていないと、映画の公開自体がどうなるかわからない」と思いつつ、どれぐらいの濃度でコロナを感じさせるべきか迷いましたね。

 その結果、コロナをほとんど感じさせないようにすることを選びました。キャラクターがマスクをしている場面もあるけど、それは例外的にマスクをしているだけ。たとえばすずめだったら、東京に向かうときに家出少女として移動するから、顔を隠す意味もあってマスクをしているんだと。消毒液も置いてあるけど、よく見ないとわからない程度にして。

ーーそうした判断は、誰かの意見が反映されていたりしますか。

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新海 『君の名は。』から一緒にやっているプロデューサーで、川村元気さんという方がいるんですけど。川村さんの言っていたことが印象深かったんですよ。「日本以外で上映される頃には、おそらく海外ではマスクの習慣は残っていない。それなのに劇中でいろんな人がマスクをしていたら『これはなんなんだ?』となるだろう。海外の人が見たら、マスクはノイズになってしまう」と話していて、記憶に残っているんです。その川村さんの意見は反映されていますね。

ーーあくまで作品のテーマは震災ですしね。

新海 僕は、コロナ禍になって、その前の日本社会に巨大なインパクトを与えた東日本大震災がコロナの衝撃に上書きされてしまうんじゃないか、記憶が遠ざかってしまうんじゃないかと思ったんです。コロナも一種の災害ですが、新しい災害が起きてしまった以上、あの地震はさらに過去の災害になってしまう。だけど、震災はまだ終わってなんかいないですよね。だとしたら、震災を題材にした映画を作っているのならば、コロナが起きたからといってそちらに切り替えたり、それを大きく盛り込むべきではないと思ったんです。

©山元茂樹/文藝春秋

 そういった気持ちもあって、『すずめ』を制作していたときは、コロナ禍を映画の中で描くことはやめました。

ーー現在はマスク着用が個人の判断が基本になって、新型コロナウイルス感染症の扱いが2類から5類へと移行したりと、日本国内の状況も変わりましたが。

新海 そうですね。制作していたときは、コロナの存在を感じさせないようにと決めて作っていきましたけど、コロナ禍の状況が変わる中で、僕のなかでも変化は生じました。

『すずめ』の劇場での上映は5月で終わりますが、終映企画としてアップデート版を上映しているんですよ。それはDVDやブルーレイの収録用にアップデートさせたバージョンなんですけど、セリフを追加したりはしていませんが、マスクの描写を増やしています。ほとんど気づかないレベルですけど、東京駅などでマスクをしている人が何人か多くなっているんです。

『すずめ』は舞台を2023年9月に想定してるんですが、その作中の時期に現実世界が近づいたいま、たしかにマスク姿の人は減ったけれど、完全にはなくなっていないですよね。そういった現実とリンクするような世界を、より現在に近い世界を、ブルーレイ用のアップデート版では描いているんです。

『すずめの戸締まり』は“震災の映画”ですけど、もっと大きい視点で言うならば“災害の映画”なんです。災害によって人生が断絶された人が、その先でどうやってリブートするのかという物語。コロナもいろんなものを断絶した災害なわけで、震災はあったのにコロナはない世界というのは、映画のコンセプトから外れちゃうんじゃないかと、映画を完成させたあとに、考えが少し変わったんです。