涙とは対極の齋藤が、人目も憚らず号泣した
4年目のシーズンが終わるころ、ついに客観が主観を追い越した。その時がきたのだ。当時の球団代表である三原一晃氏から、来季の契約を結ばない旨を告げられる。私の時もそうだったが、三原さんは誰よりも申し訳なさそうに終わりを告げてくれた。
それを告げられて、齋藤はベイスターズに入団して最初で最後の涙を流した。ろくに返事もできないくらい号泣した。普段の齋藤は、文字通りどんな時も明るく振る舞っていた。辛い時も見てきたが、そんな時でも絶対に暗い顔は見せなかった。涙とは対極の齋藤が、人目も憚らず号泣した。齋藤が涙を流すほどの状況、その心境を問うと
「自分の中で何かが崩れた感じでした。手術もリハビリも練習も試合も、悔いはないほどやり切ったし、やりたいことはやらせてもらえた。心の底からそう思えた瞬間でもありました。あとは、主観ではまだいけると信じてたので、20年以上続けた野球がついに終わるってことを現実として告げられたので、色々な思いが溢れたって感じです」
そう噛み締めるように話してくれた。それでも、その後横浜スタジアムに挨拶に行った際には、スーツ姿でウォーミングアップに混ざり、誰よりも全力で汗をかいていた。その姿は、何よりも齋藤を象徴していると感じさせてくれた。1年目とは違う、3、4年目の我慢の時間。なぜそれほどに強くあれるのか聞いてみると「やっておけばよかった、は絶対嫌だし、後悔もしたくない。やり切ったって言えるようにしたい。ただそれだけですね」と教えてくれた。今になって後悔とかはない?と聞くと「やり切ったって言えますね!後悔はなんもないですよ!」と力強く答えてくれた。
逆上がりの世界を見ているような、矛盾にも近い感情から解き放たれた最近の彼は、どちらかと言うと「さいとうはん」要素が強い。今の仕事について聞いてみると「大変なことも多いけど、やりがいもあるし毎日充実してますよ」と少し誇らしげに話してくれた。そんな彼から見た今のベイスターズは「決してベイスターズの調子が悪い訳じゃない。なんなら調子はいいと思う。ただ、阪神をはじめ周りのチームの調子も上がってきているように思う。そういう意味では、我慢の時間だと思う。そしてそれは一軍の選手だけじゃなく、ファームの選手もそう。ファームにも調子がいい選手は何人もいるが、一軍の選手の調子がいいから、入り込む隙間が少ない。これもこれで我慢の時間のような気がしますね」と、ファームを職場とする人間ならではの意見も聞かせてくれた。
我慢の時間。齋藤が語ってくれた我慢の時間の過ごし方。はっきり言って齋藤は強い。誰もが真似できるような過ごし方ではないかもしれないが、極意なんてものは簡単に真似できてはならないものである。私は多分完璧に真似することはできないけれど、参考にはさせてもらおうとは思う。私も齋藤も、野球選手としての我慢の時間はもう無いが、生きていく上では殆どが我慢の時間なのかもしれない。もちろん、私達以外の皆様も、ベイスターズも。そしてその我慢の時間の先に、何かがあると信じて。
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