娘が社会人になって我が家に帰ってきた

 娘が寝ている。リビングの床で寝ている。

 子供たちが大学に進んで、我が家はとても静かになった。熱心に家で勉強しているから、では勿論、ない。「お父さんの知り合いのいそうな大学には行きたくない」「プロ野球の観られない街は行きたくない」、という二つのよくわからない基準で大学を選んだ彼女等は、結果として、当然のように、父親の知り合いが多そうな関西の大学を選ばず、他のプロ野球の見られそうな街へと旅立っていったからだ。

 そして妻と二人きりの静かな、どこか寂しい日々がやってきた。「子供ら、今頃、何してるんやろ」「連絡もないのにそんなもんわかるか」。仕送りをどんなに送っても、LINEのメッセージに既読すらつかない中、何度こんな不毛な会話を繰り返したかわからない。でも、不思議な事にいつしかその様な日々にも慣れていった。多分、これが老後という奴なんやな。しゃーないか。

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 が、突然、帰ってきた。大学を退学になったからでも、オリックスの試合をホームグラウンドで見たくなったからでもない。大学を卒業して就職した企業に関西の支社があり、その配属になったからである。話によればその会社では、社員がアパート等に住むと住宅手当を出さないといけないので、若手社員には実家からの通勤を勧めているそうだ。大丈夫なのか、その就職先。

娘はすっかり大人になり、自分が知っている子ではなくなった

 寂しがりやの妻はとても喜んだ。筆者も喜ばなかったかといえば、嘘になる。どうせ関西の支店に勤務する数年だけの事なのだろうけど、それでも久々に子供が家にいるのは、やっぱり楽しい。野球観戦も一緒にできるかもしれないし。

 そして嘗てともまた異なる、ちょっとだけ賑やかな日々が戻ってきた。でも、何かがおかしい。娘は毎朝ちゃんと早く起きて、朝食を自分で作って食べ、仕事に行く。そして夕方に仕事を終え、夜にはちゃんと帰ってくる。夕食を食べて、翌日に備えて学生時代より少し早めに寝る。誰にも何も言われないのにそうしている。え、何かすげーちゃんとした社会人じゃん。そんなの俺の知っている、うちの子じゃない。

 で、思う。そうか、うちの子、ほんまに大人になったんやな。今日はたまたま、飲み会でもあったのか、少し遅く帰ってきて、床の上で寝ているけど、多分疲れてるからに違いない。だって仕事結構大変そうやもんなぁ。偉いなぁ。まあでもこれだけしっかりしてるんやから、こっちが起こさんでも自分でちゃんと起きて、風呂に入って寝るんやろ。

 ちゃんと育ってくれて有難いなぁ。そう思いながら、でも少し寂しい思いがよぎる。そうかぁ、娘が家に帰ってきても、もう親が親としてやらなあかん事はないんやな。