「自分は菊さんの何十倍、何百倍もやらないといけない」
菊池から学ぶのはグラウンドの上だけではない。一緒に食事をしたときに聞いた話に衝撃を受けたという。
「キャンプで自分たち若手が特守を受けているときに、菊さんもよく一緒に混ざってくれていたんです。でも、あれは教える役割もあるけど、それだけじゃなかったらしくて。菊さんは若い頃にこれでもかっていうほどノックを受けていたけど、今はその時ほど量をこなせなくて、やれることが限られる。でも、練習をやらないと不安になるらしいんです。それを聞いて、このレベルの選手でも不安になることがあるんだなって思って、それなら自分は菊さんの何十倍、何百倍もやらないといけないっていう考え方になれたんです。自分が思っている以上にまだまだなんだって気付かされました」
9歳上の菊池は、チーム内ではベテランの部類に入ってくる。しかし、そんなベテランでも不安になるときはある。10年連続ゴールデン・グラブ賞も努力の上に成り立っているのだ。その後を追えるように、より練習に励まないといけないと痛感した。
そして、やはりこうなってくると見てみたいのは、二遊間で師弟コンビでのゴールデン・グラブ賞。
「そうなれたら理想ですよね。菊さんとのお立ち台もそうですし、自分がゴールデン・グラブを獲っただけで恩返しですから。野球で活躍して恩返しするしかないんです。ただ、今はレギュラーを掴むことからです」
初めて経験する応援歌、声援
話は変わるが、2020年に入団した矢野はコロナ禍の影響を受けた選手だ。亜細亜大学時代も主将を務めていたタイミングで、東都大学野球春季リーグ戦が中止となった。チームとしてリーグ戦を優勝して、大学日本一になるという一つの目標を失い、どうやって士気を上げられるか、悩み考える日々を過ごしてきた。
プロ入り後も球場の応援は制限付き。プロ初安打もプロ初本塁打も太鼓と手拍子の中だった。しかし今年、ようやく声出し応援が解禁された。初めての応援歌。初めての「矢野」コール。それらは胸に来るものがあった。
「めちゃくちゃ良かったです。表現が難しいんですけど、これまでは投手とただ一対一で対戦しているような感覚でした。応援歌や声援があると、改めてファンの方に見守られているんだなって感じられて、後押しされています」
9日現在、打率.175と打撃はまだまだ課題を抱えているが、そのぶん出塁率.267と塁に出てしっかりとチャンスを作っている。「打席で粘っているときに、歓声が沸いているのを聞くと、『もっともっと』と自分の気持ちも高まります」。持ち味の粘り強い打撃にもファンからの声援が影響しているという。
そして、塁に出たからには足で得点に繋げようという意気込みも伝わってくる。8日の試合では、5回に無死満塁、一打勝ち越しの大チャンスで打席に回ってきて、粘りはしたものの結果はセカンドゴロに倒れた。しかしその後、野間峻祥のライト前への当たりで、相手の守備の綻びを見逃さず一塁から一気にホームイン。打撃で貢献できていないぶん、なんとかしてチームに貢献しようという必死さが溢れる走塁だった。
守備はすでにレギュラークラス。ファンを思い、ファンから愛されるキャラクター。あとは伸びしろたっぷりの打撃で活躍して、師匠・菊池との二遊間コンビを定着させることができるか。そして、その先で「恩返し」を見られる日が待ち遠しい。
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